新しく
「おかえりなさい。新婚旅行どうだったの?」
うる叔父さんがにんまり笑って頭を撫でてくる。
横で桐子叔母さんが笑っている。
高校三年間は叔父さん夫婦の所に下宿することで父様とうる叔父さんの間で話がついたらしい。
ほの叔父さんもこの町に住んでるけど、一緒に暮らすには、うる叔父さんの方がいい感じ。
「面白かったぞ! 川下りとか、ピラニアの塩焼きとか!」
今度、一緒に行こうと嬉しそうな叔父。
新婚旅行がジャングルクルーズ……。
「あ、あの、悪気はないので、叔父を見捨てないで下さいね」
頭を下げる僕に桐子叔母さんはくすりと笑ってうる叔父さんの背を叩く。
「大丈夫よ。楽しかったし、キツすぎるコースは遠慮して毬佳さんのおじい様と過ごしていたから」
帰りましょうと手を差し出してくれる。
というか、叔父さん、過激なコース選ぶの好きだからなぁ。
「送る。ねーさん怪我は?」
「ないわ。ありがとう。仄くん」
荷物を置いて食べに出ましょうと桐子叔母さんが誘ってくれる。ほの叔父さんは僕の鞄を持ち直しつつ、静かに頷いた。
そっと頭を撫でてくれる。同じ町にいるから寂しくないよねと思う。
「姪をヨロシク」
!!!
「甥だから! 僕は女の子じゃないから! そのネタしつこいからね!」
振り払うと顔赤いなーとほっぺたをさすってくる。
「そうそう。この春からやっと中学生だ」
うる叔父さんが便乗する。ぐっと頭上に圧力がかかる。
「高校。高校生だから!」
身長が思うように伸びないことは気にしてるのに!
弄られながら、新しく暮らす家を見上げる。
庭はキレイに手入れされている。
表札は真新しく『風峰』
なんだか少し嬉しい。
「叔父さん、叔母さん。三年間、よろしくお願いします」
玄関に荷物を入れて、そのまま晩ごはんに出掛ける。
「どこまで足をのばすかよねぇ」
「クトゥルフはどうだ?」
「帰国してまでピラニアの塩焼きを再度食べたいの。そう」
叔母さんが言い出して、うる叔父さんが提案。ほの叔父さんがかき混ぜる。
クトゥルフ。
先日、鎮さんが案内してくれた時の説明では、リクエストすればどんな料理でも出てくるという『中華料理店』だ。
「商店街なら、柴もいいわねぇ。美味しい小料理屋さんなのよ」
「……なんか、苦手」
ほの叔父さんがさくっと言う。ほの叔父さんは店の人と近そうなお店は苦手だから、そういう店なのかなと思う。
「うまいのに」
うる叔父さんはそれでも、笑いながら幾つか居酒屋の名前を口にする。『ほろろん♪』はチェーン店として安心できるお店。それから、距離があるからと流れたのは『ビストロ流星』美味しいお店だとうる叔父さんが我がことのように頷く。デートポイントだったの?
よく喧嘩もしてるけど、叔父さん達は仲が良くてホッとする。それが、僕を弄ることで共同作業中とか言われたら少しだけ切ないけど。
行くことになったのは居酒屋『椿』だった。
「あそこの雰囲気が好きなのよね〜」
叔母さんが楽しみそうに笑う。
「楽しいよなー。たまにラジオから聞こえるはずの声が生で聞こえてくるしな」
うろな町の放送局の関係者がお店にちょくちょく来てるらしいと教えてもらった。
うる叔父さんは挑戦者だ。
見たことがない料理をメニューに見つけるととりあえず注文する。
ほの叔父さんは意外と安全圏を好む。「これとこれ」と食べたいと思えるものをうる叔父さんに指し示し、そのままケータイに視線を落とす。
桐子叔母さんは、今日は何を飲もうかと、お酒のメニューをじっと見ていた。
お店の雰囲気はざわついた明るさ。別の席から明るい歓声が聞こえてくる。
やってきたドリンクを手にとって、桐子叔母さんが微笑む。
「うまくいかないこともあるかもしれないけれど、仲良くやっていきましょうね」
それが乾杯の合図だった。
新しい町。
新しい学校。
新しい家族。
両親には少し申し訳ないけれど、これからの生活が楽しみだと思えた。
「兄貴、なんか条件つけてなかったかー?」
うる叔父さんが聞いてくる。
条件。
「学年二十位内はキープしなさい。って」
沈黙。
「興味のある学校に、住むところも叔父さん達のところに。ワガママをしたわけだから、父様の期待にはちゃんと応えないとダメだと思うんだ」
ねっと同意を求めたら叔父さんたちが思いっきり視線を逸らした。
どうして!?
『人間どもに不幸を!』
http://book1.adouzi.eu.org/n7950bq/
『クトゥルフ』
『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』
http://book1.adouzi.eu.org/n2532br/
『柴』『ほろろん♪』
『うろな町、六等星のビストロ』
http://book1.adouzi.eu.org/n7017bq/
『ビストロ流星』
『うろラジ!』
http://book1.adouzi.eu.org/n0936bv/
居酒屋『椿』
をお借りいたしました^^




