眠れない日
パタパタと水音が聞こえてくる。
目を開ければ白い光。
「おはよう」
声をかけてくるのはマンディでココはラボだと思う。
「おはよぅ」
水音が聞こえてくる。
パタパタパタパタと。
腕が上がらない。身動ぎもできない。
「採血はもう少しね」
「採血だけ?」
「組織採取も少し」
少し?
おかしくてたまらない。
ココは私の家。
私の生まれた場所。
私は生きた薬。
抜き取られた臓器。抜き取られた血液。大丈夫。三日もあれば再生するもの。
傷なんか怖くない。死ななければ生きてられる。
抜き取った血と臓器はそのままでは当然使えない。強過ぎる再生力は抵抗力のないものには毒だから。
私は生きた薬。ヒトじゃなくてモノ。
魔女という肩書きを与えられた消費物。
ヒトになれると思ったの。
お兄ちゃん達は私が何かを知らなくて、それでも私が、在るために利用されて、それでも妹と愛して、大切にしてくれる。
おかあさんは私がヒトじゃないのを知ってるから無関心。その上、お兄ちゃん達にも冷たくあたる。
離れて、そばにいないで幸せになってほしいのに。
「ほっとけないだろう?」
そう笑われると心が揺れる。
「僕はさ。魔女の庭の理想が全部間違っているとは思わない。誰だって幸せを知るべきなんだ。先の幸せを求めるべきだと思うんだ」
髪に触れられる手。
「妹が笑ってくれることだって幸せだと思うんだ。ただのワガママだ。笑っていて。まっすぐに」
心臓が締め付けられる。
兄達はまっすぐに『魔女の庭』の子供だ。
『幸福を求める』それが一番の理念。
歪んでいった目指すところ。
幸福のカタチはいくつもあって。誰かの幸せが誰かの不幸にもなる。
だからこそ外にいて欲しかった。
内側に帰ってきて欲しくなかった。
ヒトじゃない私を見ても兄さんは変わらない。
「芹香は芹香だろ?」
バカじゃないの?
そんな眼差し。
「治っても痛いのはさ。変わんないだろ? 平気じゃないんだよ。『魔女』の名前で祭り上げられるならそれを利用すればいい。ほら。魔女の庭は魔女が絶対者だろ?」
差し出される手は少し震えて見えた。
震えた眼差しが恐怖を抑えているように見えて、抜かれたことのない心臓が締め付けられる。
「芹香も、僕じゃ頼りにならない? 僕じゃ、助けにならない?」
兄さんは恐怖を抑えていた。
ただ、それはヒトじゃないモノへの恐怖じゃなくて、差し出した手を拒絶される恐怖。
兄さんの感覚ではきっと、鎮兄も隆維兄も手を取ってくれない存在。
お互いに無意識にそこにあり変わらず同じを維持してくれる。それは甘え。
未来を望め。幸せを求めるべきだと思う千秋兄にとっての拒絶。
違うものを持ってして幸福の道を得るのならそれはそれで応援すべきと笑えても、己の無力に傷つかないワケじゃない。
そして、兄さんは自分の傷を認めない。
認めているのかもしれないけれど、その傷を舐めることを認めない。
未来に幸せだと思える時間を得るために?
「幸せになってほしいのに。なんにも知らず、外の世界で幸せになってくれたら、それが一番幸せなのに」
ふっと手に温もりを感じる。
「汚れちゃう」
「平気」
兄さんの手が顔が赤で汚れる。
「芹香も幸せじゃなきゃあとで後悔する。守られているだけはイヤなんだ。何もできない。楽になんかしてあげられないと思う。それでも、笑って、幸せだと思える時間を持ってほしいんだ」
くれた言葉。
守られて知らずにいてと望んだ事実が傷をつけていた。
変わらない日常。
それは平和で微睡んだ日々。
「芹香?」
妹の婚約に不満げな隆維兄の横に納まってみる。
「ちぃ兄は千秋兄好き?」
本人は今アメリカでいない。
「好きだよ」
何言ってんのと言わんばかりの表情。それが陰る。
「最近、無理してるっぽいからちょっと心配かなぁ。千秋兄はさ、大丈夫って思ってたんだけどな」
どうしようもなさで胸が痛い。
眠れない夜は誰かに寄り添ってみる。
「桜、見に行きたいな」
「じゃあ、ちゃんと寝ろよ」




