対話 鎮vs千秋④
「だって……」
先になんか進めない。気持ち悪いんだ。
「ばっかじゃね? 何度言えばわかるんだよ。自分のせいでもない、終りきって覆せない出来事に囚われてるのなんか無駄だって言ってるだろう?」
言い澱む俺に千秋はさっきまでの軽いトーンを一気に消している。
何度言われても抜けられない。
母を違とする兄や姉。産まれる前に死んだり、物心つく頃に母を亡くしたり。幾つもの家族を壊した。それが『父親』
俺たちは『父親』の罪のかたち。『兄』は俺を見て『似てる』と笑った。
でも、千秋は母さんの子供でいい。千秋は悪くない。同じじゃない。
それでも、そんな俺でもいいって空は言ってくれて。
空は綺麗なんだ。傷つけて汚したくない。でも俺はきっと傷つけている。それでも手放すことなんか考えられない。
「ソレ、思い悩んでなんか利益あんの? それとも苦痛に苛まれたいだけのマゾ? 会ったこともない父親の罪科を何で俺達が引き継がなきゃいけね-の?」
千秋はこの件に攻撃的になる。
でも、違うと言ってもらっても、大丈夫と言ってもらっても、どうしても無関係と切り捨てられない。
理由がうまくまとまらない。
でも、千秋は違うんだ。俺と千秋は違うイキモノだから。
「ああ、もう、うぜぇ! 過去に行けるわけでなし変えられないだろ? それとも何? 俺達が存在しなければよかったとでも言うつもりかよ?」
「そうじゃない」
そうじゃないんだ。問題はそこじゃなくて。
「そう。でもさ、最悪なきっかけでもソレがあったから僕もしずも今、ここにいるし、ソレがなきゃしずだって、空ねぇに会えなかったんだからな?」
早口で吐き捨てられる苛立ち。千秋がこういう時に言うのは『前を向け。未来を見ろ。過去を引き摺るな』
わかってはいるんだ。
ため息が聞こえる。千秋だって感情の起伏が不安定。一人称が揺らいでる。
それでも、続いた言葉は静かに落ち着いて聞こえる声。
「今を、今をさ、生きてるんだよ。終わったコトを思い返すのは悪くない。だけどさ。縛られちゃダメなんだよ。しずも生きてるんだからさ。生きてる限り、生きているのは今で、生きていくのは未来でさ。縛られてたら、誰かと一緒にいきたい時、誰かも一緒に縛るんだ。隆維が言う『相応しくない』はそこじゃないかなぁ?」
生きてる?
俺は生きてるの?
相応しくないのは生きてしまっているから?
そーゆーこと?
千秋は俺が思考に囚われていることに気がつかない。気がついても押し流してるのかも知れない。
千秋は否定的に言ってるんじゃなくて、認めてくれようとしているんじゃないかと思うんだ。
「僕はさ。しずがちっこい頃どういう扱いだったかちゃんとは認識してない。ただ、いきなり現れた僕の居場所を奪う異物だった」
思い出すように笑う。
「でもさ。すぐにいるのが当たり前で、一緒に過ごすことが嬉しかったんだ」
居場所をとった?
俺が?
「大事なのはさ。今で未来だろ?」
な? っと促してくる。
「空ねぇといる今とこれからを大事にしたいんだろ? それが嬉しくて幸せなら、それを求めるのがいいと思うんだ」
一呼吸おいて胸元に千秋の頭が押し付けられる。
それは幸せを求めることが正しいという肯定だけど、千秋にイヤな思いをさせてのそれは良くなくて。
思考がぐるぐる回ってる。
柔らかな甘い肯定から不穏なものだけが俺に届く。
「人は幸せを求めて生きていくんだ。でも、幸せは自分で求めて見なければ見えないんだ。僕はさ、しずと過ごせて幸せだし、物分かりの悪い兄も弟たちも、小煩い妹たちがいることも嬉しいし、だからさ、兄さんが幸せそうなのも幸せだと思えるんだ。つーかさ。俺は自分が不幸だなんて思ったことはねーよ? 不満不足と不幸は違うんだ。じゃあ、それは幸せなんだと思うんだよ」
ん?
ちょっと待て。
「千秋」
気になるセリフが混じってた。
「なに?」
「彼女の死んだあの後の味覚障害は?」
精神的ショックからだと思ってたんだけど?
まわりがどんだけ心配してたと思ってるんだ? それはただの、ただの? まぁいいや。不満不足だったって言うのか?
「んー?」
んー? じゃなくて。
「美味しそうに食べてくれる姿が好きだったんだ。じゃあ、他のために作る必要はないよね? 彼女が食べることはもうないから、作れる必要はないんだ。体もそう思ったってことだよねぇ」
うっとり言うな。
うっとり嬉しそうに!
「でもさ、コレを誰かとは共有したくないんだ。彼女があるのは動かない時間で。話題に上らずに流されるのなら、それだけ僕は彼女を独占してられる。感覚ひとつ落としてもそれだけクリアに思えるなら、忘れずにいられるなら惜しいなんて思えない」
その言葉はどこか病んでるようにも聞こえるけれど、その独占したいと言う想いは理解できなくもなくて少し困る。
ふっと首を捻って遠くを見てる。
「そー言えば、海ねぇにもコレで心配かけたもんな~。なんで心配されてるのか全然わかんなかったんだけどさ」
「……ぜんぜん?」
「まったく。だって、俺は彼女を想って幸せで、味がわからないことはさ、その一部が彼女と共にあるようで逆に嬉しかった。だから、うん、あ。そっか。まわりに合わせるのがあの時期かなり億劫になってたから。だから、かな?」
今気がついたとばかりに言って笑う千秋。前にちゃんとお礼はいったんだよ心配かけたのはわかったから。と言いながら。
そー言う千秋には少し呆れるけれど、きっと千秋から見た俺も似たようなものなんだろうなとも思えてしかたない。
そこが妥協ポイント?
「そーいえば」
「んー?」
「今日の昼はちゃんと食べたのか?」
「なにそれ。食べたよ」
「なにを?」
「んー。なんだっけなぁ」
食ってねぇだろ!!
「まぁいいんだけどさ」
よくねぇよ。
「俺は自分がなにをしたいのかちゃんと見つけたい。幸せを望むなら俺は俺が思う幸せの形を見出したい。だからさ。干渉するな。話半分にしか聞いてなくていいから、説明できない干渉はするなよ」
あのな、
「よくねぇし、聞いてやらねぇ! まずはメシだ!」
「えー。そんなにおなかすいたの?」
ぁあ、もう!
「そーだよ!」
手に取れるものはひとつ。
一番は空との幸せ。
「なぁ、千秋」
「んー?」
「死にたいとか、思ったことある?」
それでも千秋たちだって大事なんだ。
ぱちりと瞬き。じっと俺を見る目。
「ないね」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
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青空海ちゃん、空ちゃんちらり
『人間どもに不幸を!』
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鍋島サツキ嬢ちらり
お借りいたしました




