年末年始
お腹のあたりがほこほこあったかい。
ゼリーが潜り込んでるにしては温さの質が少し違う。
額にひんやりとした感触を覚えて目を開けた。
光が目に痛く頭痛を呼ぶ。
「あら、起きたならお腹に何か入れないとね」
それは、千遥さんだった。
ゆっくりと事情を思い出す。
縁くんと紗羽ちゃんの子守りをしていてインフルエンザをもらった。
なぜ、中島家にお泊まりになったか。
ウチには免疫力問題児と、受験生がいるからだ。あと、感染源として千歳ちゃんが笑って謝罪してきた。悪いと思ってないね?
体調を崩すとウチでは隔離部屋で寝てるだけだから、(うろなでも、大阪の家でも)入れ替わり立ち替わり様子をみにくる様子に驚かされる。『大丈夫。お水いる?』『汗酷くない?』『何か食べれる?』
そっと、寝かせて……。
つい、『感染るからほっといてください』って言って、なぜかゆるく怒られる始末だった。なんで?
「おにーちゃん、お熱ひいたらあそぼー」
真っ赤な顔で笑う縁くん。
お熱はあるが元気。という状況らしい。いわゆる発熱ハイテンション?
まぁ、ここも隔離部屋と言えるかな? 発症者の縁くん紗羽ちゃん俺が封印されて、……あ。思考回路がオカシイ。
とりあえず、絵本を読みはじめると縁くん紗羽ちゃんは大人しくなった。
ちょっと元気になってきた縁くんが宿題課題を持って来て一緒にやったり。お水を飲ませたりしていると、千遥さんが呆れたように額に手をあててきた。
「大人しく寝なさい。縁も紗羽も千歳おねーちゃんに一度お着替えさせてもらいなさい」
「はぁい」
千遥さんに言いつけられて二人は嬉しそうに部屋を出て行く。
「千秋君は熱上がってるからしっかり寝ましょうね。お水飲んでる?」
水差しとペットボトルは空っぽだから、多分飲んだと思う。
「まぁいいわ」
そう言ってストローの差し込まれたペットボトルが差し出される。
飲んでる間にプリンが差し出されたり、桃缶の桃が差し出されたりした。
紗羽ちゃんと縁くんとわけっこして食べてたら、千遥さんに怒られた。その後は体調を戻してきてうずうず暴れるちびっこ二人を見ながら寝たんだと思う。
騒がしさはなく妙にホッとした。
「食欲なくても食べなきゃダメよ」
そう言った、千遥さんがそっとそばにいてくれるのが居心地悪かった。
どうしてそばにいるのかがわからなくてうまく動けない。
「ゆっくり休んでね」
差し出されたおかゆを食べて薬を飲んで布団にもぐ……。
「縁くんと紗羽ちゃんが潜ってますが」
「あら? 邪魔かしら?」
「いえ」
先に回復したのはちびっ子たちだった。
そう。人んちで年越ししたよ。
とりあえず、回復したら千遥さんがインフルエンザしかも型が違うのでぶっ倒れたせいだけどな!
曽祖父とか、大伯父とかから思わぬお年玉を貰った。洋一先生からも貰ったけどね。
じじいと大伯父さんは家事のできない人だった。(正月だから孫と過すためにうろなにきたらしいよ)
千佳も千歳ちゃんも料理はできることはできるんだが、ちびっ子の相手に回ってもらった。
久しぶりに勤しむ家事は楽しかった。
寝込んでいるうちにマサトにタブレットを持ってきてもらっていたから、バイトの方も一応最低限できてるし、一応鎮や若ちゃんに連絡は取っている。
庭には椿が植えられていた。
年末に千遥さんが購入済みの食材でおせちっぽいものを作る。
千佳が差し出す料理帳を参考に作ったら思ったより時間がかかった。
庭を掃いてると千遥さんが顔を出した。
「お掃除ありがと」
「休んでなくて大丈夫ですか?」
「ずいぶん、いいのよ?」
話題がなかったから庭のことを聞いた。
「庭木は椿ばかりなんですね」
千遥さんがくすくすと笑う。
「お爺様、愛妻家だったんですって。お婆様の、千秋君からしたらひいおばあさまね、名前が椿さんというの。だから庭に椿を植えたらしいわ」
花の名前。
曾祖母は花の名前を持つ人だったのかと思う。
「どんな方だったんですか?」
「父が成人前に亡くなったらしいわ。身寄りの話はなくてさらさらの黒髪と枯葉色の目を持っていたという話だけ。暁智くんの目は椿おばあさま譲りだってお爺さまと父が言ってたわねぇ」
咳込みがきこえて、慌てる。
「千遥さん、冷えますから」
「そうね。治りかけで再発……はしないでしょうけど」
「弱ってるところに他の流行物にかかったらどうするんですか、ノロとか」
それは困るわねと笑いながら千遥さんは部屋に戻る。
「千秋君もまだ本調子じゃないんだから無理しちゃダメよ」
少し間をおいて。
「隠れてる縁も紗羽もよ」
「悪くないでしょう」
勝ち誇る千佳を見てため息が出る。
「個人がよくてもね、今に至るまでの人間関係をうまく整理できない人間もいるんだよ」
ウチの母さんとか。
ここまで相互に関係を持たずに今更家族で、愛してると手を差し伸べられるには母さんはプライドが高い。それは今までの在り方が間違ってると突きつける行動。
いつか、突きつけることになるとしてもそれは間合いを計っていきたいように思える。
ま、最近帰ってこないけどね。
「千秋君」
「洋一先生?」
「考え事は多いかもしれないけど、ご飯はちゃんと食べましょうね」
ゆっくりと言われて疑問符が浮かぶ。
「人のことは言えんだろうに」
呆れた口調は大伯父だった。
「お、お義父さん……」
困ったように笑う洋一先生。
昼食は俺が作ったんだけど、分量に文句がつけられて死ぬかと思った。
多分、もう感染してないから帰ろうかなぁ。




