九月二十八日 長船祥晴Ⅲ
「来るなっつたろ!」
奥に行くと千秋さんに怒られた。
ドアをふたつくぐって、階段を下りた気がする。妙に迷路くさい。途中に血痕の散った場所があり、もう少し奥のノブに血痕のあるドアを開けた先だ。
「えー。掃除いると思ったんだよー」
軽い口調で隆維はかわす。そこにいたのは止血されてるにーさんと千秋さん。
千秋さんがオレに気がついて困った表情をする。
「りゅーちゃん」
にーさんの声は隆維に助けを求めるようで弱々しい。
「若ちゃんは大人しく動かない!」
千秋さんにびしりと怒られて萎縮している。
「千秋兄ー、若ちゃん追い詰めちゃダメだってー。メンタルよわよわなんだからさー」
「余裕があれば甘やかす。今は余裕ないから甘やかさない」
キッと千秋さんがびくびくしてるにーさんを睨む。
千秋さんも余裕ないんだ。
「死にたいならさ、止めない。ただし、清掃費とか雑費はきっちり清算してからイってね」
「せいそーひ?」
にーさんがぽかんと言う。
「清掃費、雑費。目地にこびり付いたなら剥がして張替えもするから費用は上がるね。伯父さんも、かーさんも内装一切惜しんでないからね。子供部屋にノーエアコンぐらいだよ? ケチってるの」
ソファや敷物、千秋さんの服もぽしゃりのうちかなー?
「それにコレも弁償してもらいたいなぁ。とか、ね。終るまで、きりきり働け」
あ。やっぱり。血が散って汚れた服を千秋さんは示してる。
「いや、でも、その、仕事は続かなくて……。対人ダメだし」
「ウチの設備手入れで最低賃金で計算するから。何なら総督なら仕事考えてくれるかもだしね。当座の借金額計算は総督に手伝ってもらうよ。あとさ、バート兄にも言っとく」
タンタンとリズミカルに聞く耳持たず決定が流れていく。バート兄って、確か定時にいってる英語の先生? 時々、澄にーさんとこでオチモノパズルゲーム買ってる?
アレ? それより実質現状維持じゃね? 収入源なさそうなにーさんだよな? つか、収入源斡旋?
「えーっと、ちーちゃん。そこはちょっと止めてもらえると」
にーさんが慌てたように千秋さんに縋る?
さっきまでのテンションとは少し違う。
「知らん! 怒られろ! お付き合いしてるしてないに反感はないけど、その状況で自殺未遂なんか、バート兄のメンタルも考えろ!」
あ。千秋さん、抑え壊れた。
って、あれ?
このにーさんとバートおにーさんが、え?
「バートママ、趣味悪すぎ……」
「長船祥晴。聞いたことは基本的に内密にね。あと、気分悪くなってたりしない? 大丈夫? 隆維も大丈夫か?」
血の匂いよりショックが大きくて逆に平気だけど言葉が出ませーん。
心配ありがとうございますー。
隆維はおにーさんがたの同性交遊に困惑中ですー。
「んー。俺は帰国初日に歓迎受けたし、なんか馴れた」
「馴れんな」
切り捨てた後千秋さんが「あの日か」とかつぶやいている。
あの日に何があったかはさておき馴れていいもんじゃねーよ隆維。
「ちーちゃん、顔色悪いけど、大丈夫?」
怪我人のにーさんが千秋さんを気遣う。あ、千秋さん苛立ってる。
追い払われて、勉強に使っていた部屋に戻る。甘いお菓子の匂い。
天音ちゃんがスンっと鼻を鳴らした。
「血の匂いがする」
「奥で若ちゃんが設備で切ってたからだろ。たいしたことはなかったぽい」
隆維のごくさらりと出てくる言葉に「そぅ」と呟く。バレてる気配というか、納得した気配が濃厚だ。
ひょいひょいと隆維は見目の悪い変わったやつをチョイスする。
「調合は愛菜ちゃんがしたわ。私たちは形整えただけだから、大丈夫でしょう」
天音ちゃんが重々しく頷いて教えてくれた。
どーゆー意味でしょうか?
「天音ちゃんが意外と大雑把で、芹ちゃんが思わぬおドジさんで、鈴音ちゃんがすこ、少し、未知との遭遇だっただけだわ」
美丘さんがしみじみと疲弊感を漂わせる。天音ちゃんと芹ちゃんはさりげなく視線を外してる。
未知との遭遇?
いったいキッチンでなにが!?




