九月二十日 騒がしい朝 鎮とルーカス
くらくらする。
『ずーっと、シズメを引き取りたかった』
『迎えにいけないのが気がかりだった』
『愛してる』は誰かじゃなく俺に向けられていて。
『ごめんね』は『迎えが遅くなって』で。
俺はそれをわかってなくて『代用品』への『愛してる』で『代わりにして』『ごめんなさい』だと思ってて。
ママと呼んだあの人のことを知らなかった。
だって、あそこで呼ぶ『母』は実際に会えない我が子の代わりに『子供』の『母』になる。
だから、撫でられて抱きしめられて、『愛してる』と囁かれても、それは俺に向けられた言葉でなく、他の誰かに届けたい言葉。
笑顔で『愛してる』『大好き』と抱きついて寄り添う時間。その時の俺は『ママが実際には会えない我が子』の『代用品』。俺である必要はない。
心配そうなキャス。
きっと、空との時間がなければコレはただの情報で終わっていたと思う。
迎えに来てくれた。あの笑顔も撫でてくれた手も俺に向けられていたもので、その先に他の誰かを透かしてなかったのに、理解できなかった。
彼女の最期の言葉すら本当にそうだったのか思い出せない。外で会って過ごした時間は『違うもの』として覚えていたのに。『人』として、扱ってもらったのに。
「シズメ」
言葉がうまく出てこない。
そっとケータイを握りこむ。
空の声が聞きたい。
「ありがとう、キャス」
最期の時をキャスは母親の側にいられなかった。
それなのに、俺に、そうなのだと教えてくれた。
俺がちゃんと知っていないと、『ママが悲しむ』と。
『死者』はもう動かない。動いちゃいけない。
俺の反応の薄さにか、キャスは憤慨したように胸をそらす。
「死んでしまえば、確かに意思表示は出来なくなるけど、それでも生きてきた時の意志を汲むこと、考え方を尊重することはできると思う。いろんな概念はある。墓暴きは冒涜だと思わない?」
「死者への?」
冒涜。よくわからなくて困る。墓は死の記録。その魂はどこにもいない。魂ってなんだろう? 心とは違うものなんだよなぁ。わからない。わかれない。
「死者と、死者が安らかであることを願う遺族への」
生きた、動く意志も関わるんならそういうこともあるかも知れない?
「ママが望むのは自分の息子たちが幸せであること」
「キャス?」
「それとシズメも」
「俺は望んでもらえるようなものじゃない」
「シズメがシズメの基準で幸せならママは嬉しいんだよ?」
まるで無条件で受け入れてくれるような言葉だと感じた。
それだとしても、彼女はもういない。
遠い昔、彼女の時間を止めたのは俺だから。
絵本時間も、独特な味のおやつも、優しいキスの雨も。
「きっと、ママは幸せ。シズメが大好きなヒトを作れて。ボクもシズメが嬉しいと嬉しい。ママとグランマからの刷り込みかもしれない。ママも、グランマも、もう、いないからシズメが幸せでないといやなんだ。……これはボクのワガママ。でも、セリも同じワガママを持ってると思う」
自分に言い聞かせるような言葉。そう、キャスは覚えていない。俺だってなんとなくしか覚えていない。
芹香? あんまりわがままは言わないんだけど?
「家族には、幸せでいて欲しいんだ」
「ケンカしてなかった?」
ちょっと沈黙。キャスが視線を逸らす。
「その、セリが日本に行く前にちょっとケンカして」
芹香が日本にくる前?
「五、六歳の女の子にあたっちゃったボクが全面的に悪いんだけど、カッとして、エスカレートしちゃって。まだ怒ってるんだなぁ」
ぽつぽつと説明というか、言い訳するキャスの声には『しつこい』が滲んでる。あと、『悪い』って思ってなさそう感も多め。
「芹香のこと、嫌いなのか?」
庭に属しているキャスがその答えをはじき出すとは思っていなかった。
嫌ったり、相手を悪く評することはダメなことだから。
「ここの奴ら、シズメ以外はもちろん、きらいだよ?」
え?
「ソラオネーサンはシズメに幸せそうな色をくれるから好き。チアキはシズメを虐めてるし、認める気ないし、セリは結局傍観するだけ。あのちっこいのは攻撃的だったし」
「隆維は帰ってきたトコだったから」
それに、
「千秋に虐められてるとは思ってないよ? ただ、わからないから、噛み合わないだけ。芹香は、俺達に『庭』から離れて欲しいと思ってるだけ」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
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空ちゃん、お名前ちらり




