九月二十日 騒がしい朝 隆維と千秋
鎮がなんでかルーカスを連れ去ってから、隆維と向き合う。それにしてもキャスってなに? 知り合い?
あ。隆維、おかわりよそわなくていいから。
「なんでさ、すんなり受け入れられるわけ?」
「んー。ある程度は予想してたからかなぁ。とーさんってさ、決めたらある程度はそのルールを守りたい人なんだよね」
わかる? とばかりに覗き込まれる。ついでに手渡されるヨーグルトドリンク。……お互いの妥協ラインか。
「だからさ、手を引くと決めた俺らのところに戻る状況は不本意だったと思うよ? でも、戻るんならにーさん達だけ引き取って暮らしていくってさ、かーさんが受け入れられるわけないし、とーさんの当然として、俺らに手を伸ばすわけ。まぁ、かーさんのことをそれなりには好きなのもあると思う」
説明書を読み語るように言われてるとなんともないことのようにも聞こえる。
「んでさ。きっと、こっちからぶつかっていったら多分、受け止めて向き合ってくれたと思う。でも、それは、うーん、俺はしたくなかった。涼維と一緒だしね。特に最初はラフ以外の親は認めたくないし、とーさんはかーさんの味方だからさ。……敵なんだよね」
わかっていて動かなかった自分。認めたくないこと認めたいこと。そこに混じった不穏な言葉。
「てき?」
「んー。一緒に暮らすようになって最初はさー、かーさん抜きだったろ?」
頷く。ルシエさんの来日は芹香と時期が近かった。
「でも、かーさんが来たら、俺らでちゃんとミアもノアも守らなきゃいけないんだよね」
訳がわからない。
「なにから?」
「かーさんから。かーさんは他の女の子がとーさんのそばにいるの嫌いだから。ノアでもミアでもとーさんが自分より大事にした時点でかーさんは嫌なんだよね。かーさんにとっては子供って、あくまでもとーさんのことを繋ぎ止める道具な感じー。それをかーさんの実家の人達は知ってるから、少なくとも気がついてるから、みんなやさしーんだ」
「隆維」
そう言う優しさは、傷を広げるんじゃなかろーかと思う。
「そんな風に見えなかった? ただ、かーさん忙しいだけって思った? かーさんが優しく見えてたとしたらそう振舞えばとーさんが嬉しいって思うんじゃないかって期待してるからだから。かーさんが愛せるのはとーさんの事だけだってだけ」
にこにこ言ってるけど、なんでもないことのように言うけど、それは、納得して理解できることじゃない。
理解しても、痛くないわけじゃないと思う。
「にーさんだって、家族に思えてたのおばさんじゃないでしょ。だからさ、にーさん達は敵じゃなかったんだ」
「そんなこと」
思っていないとは言えなくて詰まる。母親といわれて最初に浮かぶのは母さんじゃなくてねえさんだから。母親らしくないのは母さんなのに、裏切った罪悪感がさすがに過ぎる。
「でも、敵でも気をつけなきゃいけなくても、とーさんでかーさんなんだよ。ラフとー様はいないんだよ。知ってた? 鎮兄んトコには元からよく転がり込んでたんだ」
子供が保護者に情を求めてしまうのもわかる。抱きしめられたいし、言葉が欲しい。具体的には褒められたいよな。
鎮がスキンシップ好きなのもその関係だろうか?
「それは知ってたけど」
大阪のウチでは一つの部屋だったし。
布団敷いて、人数分のはずなのに気が付いたら俺が掛け布団全部取られてたり。あ。思い出したらムカついた。
鎮が毛布を持って寄ってきて二人で隆維涼維を挟んで寝たっけなぁ。暴れるのは涼維のほうだった。
「あのさぁ。隆維」
「なに?」
「嫌で心細いんなら吐き出していいんだぞ? 納得できてても、釈然としないことは釈然としないんだからさ。あとで、文句はつけるかもしれないけどさ。黙ってても、口にしても後悔する時はするんだよ。んでさ」
「うん」
「黙ってても喋ってもさ」
「うん」
大人しく頷いてる弟分にコレをぶつけるべきかどうかは悩まなくもないけれど、まぁイイ。
「俺に当たられる時は八つ当たられるんだよ」
「なにそれ! サイテー! おかわりよそってやるっ!」
さっきまでのしおらしさはどこへやら。手早く茶碗としゃもじを手に取る隆維。
「っちょ! 待て! 多いから。そんなに食べられないから!」
第二次妥協ラインをもそもそ口に突っ込みながら話題は続く。
他の連中は誰も戻ってこないし、新規でこない。レストランエリアで食ってんのかな。準備手伝って、そのままって言うのはよくあるし。
「ところで、涼維の落馬って大丈夫なのか?」
「うん。打ち身と擦り傷だけ」
「それはなにより」
「しかけた相手はひねったらしくて、ひと月ぐらい不自由らしいね」
「あー。新入り歓迎会?」
減らない……。
「というか、ラフん家の親族でさ、よそ者のくせにっていう嫌がらせ。そんなんばっかだから外されるんじゃん。俺も寝込み襲われたし」
まあ、血族じゃないと文句もつける奴ぐらいいるだろうなぁ。寝込み?
「ふーん。おまえは大丈夫だったの?」
「んー。プロポーズされたから、断った。条件は美味しかったんだけどね」
「ふーん。展開が唐突だな」
端折りすぎだろう。つか、ギブっていいか?
……無言で追加しようとするな。違うから!
無言の攻防。すでに朝食が拷問と化している。
「うん。家柄立場的に好条件なんだけど、殺そうとした時点で断られることをまず気がついて欲しい」
「あー。そーいうとこをかわいーかなって思っちゃったんだ。おにーちゃんとして言おう。反対だ」
過激すぎるだろう? ただ、雰囲気を見てると隆維、けっこう気に入ってるだろう?
「だよねー。断ったって言ってるじゃん」
なんだろう。このうまくいってない感。
「というか、寝込み襲われたって。既成事実作ったとか?」
「まさか! 一週間寝込むハメになって、そんな罪状までつけられたらたまんねーだろ!?」
おい。
「それは、訴えろ」
「一族なんだから大げさになると困るし、かーさんの実家の病院でだから、うちの不祥事になるから、闇から闇なの!」
じっとり見てると準備しかけてたデザートはよそに置いて。よし。
「ラフとー様がおおまかにシメルまでは警備面でやりやすい日本に戻っておくって話になったんだよ。涼維は学校の警備に任せてね。イトコとかが数人校内でいるしって」
「ばらけて平気か?」
「んー。いつまでも一緒にいるわけにもいかないし。別行動の方が利点も多いはずだから。もう少し食べれねぇの?」
「ギブ」
もう食べられません。
きぶんわりぃ。




