九月二十日 騒がしい朝
「ただいま」
玄関を入って、一緒に来た同伴者を案内する。
俺の帰宅の声は聞こえていないらしく、誰もこっちには来ない。
クリーナーの中から消毒済みのスリッパを差し出して、靴の置き場を確保。
キッチンの方が騒がしかった。
客間に案内するか、キッチンに案内するか悩む。
「賑やかね。行きましょう」
平然と朝食を食べる隆維。お茶を飲みながら騒動を眺めてる恭君。ジークは早々と食べ終えてデザートを物色しつつ妙に険悪な芹香とキャスの様子を見守っている。千秋は見守ってるフリをしつつ朝食をもてあましている。
ん? 今いてはならないものがいたような。
恭君?
なんでいるの!? 忙しいって今日も学校って言ってたよね?
「学校は!?」
「おはようございます。宗に影武者頼んでます」
え?
「それいいの!?」
他校生だよ!?
「バレなきゃ大丈夫です。ところで、そちらの方は?」
いいのかなー?
ダメだろ? バレルだろって、思って、恭君の学校での交友関係が心配になった。
千秋がむッとしたのがわかる。
「ああ、途中で会って」
「エドナ」
隆維の声。
「おはようございます」
「おはよう。なんでわざわざエドナが日本に? ……涼維になんかあった、とか?」
「そうですね。先日の落馬以降、特に何も起こってないようですよ」
落馬って。
「芹香さん」
恭君の呼びかけになぜかキャスを睨んでいた芹香が恭君に視線を向ける。舌打ちしそうだったけど。
「僕はゲームは不得意ですが、志狼さんは得意です。まぁ、三春さんでもいいんですが、バイトがあるんじゃ無理でしょうしコミュニケーションに難ありですしね。おじい様とお話があると言っていたのでそのへんにいますし、頼んでしまいましょう」
恭君、叔父さんたちへの評価厳しくね? ないがしろ感がある。
少し、考えてからいい考えかと思ったのか、芹香は椅子を飛び降りるとさりげなくジークと恭君を従えて部屋を出て行った。
エドナさんに「おはようございます。ごゆっくり」とだけ残して。
「シヴィラの孫はセシリアの娘と仲が悪いのね」
キャスはぷぅと頬を膨らませる。睨まれていて緊張を強いられていたのか、開放感で力が抜けている。
「アイツがしつこいの」
庭で会っていたのかなと思う。千秋は少し訝しげ。
隆維がジュースとアイスティーのグラスをテーブルに並べる。
「あら。リューイ、ありがとう」
「朝ごはん食べるよね? 千秋兄は入れちゃった分だけど、食べきってよねー。頑張ったんだから」
俺とエドナさんに言ったあと流れでもてあましている千秋にクギを刺す。
差し出されたおしぼりでさっと手を拭く。
エドナさんは嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
準備される朝食に箸を伸ばしつつ様子を見る。
千秋は準備された朝食を三分の一ぐらい食べたところ。そのおかずを少々隆維がヨソを見ている隙にかっぱらう。食べた方がいいとは思うけどな。
隆維は何か考え込んでるようだった。
「……エドナ、俺の想像正しい?」
「何を考えたのかは読心術は使えないからわからないわ。それに行動と思考は一致しないことも多いのよ?」
「ん。だからさ。父さん戻ってくる気なかったんだろ?」
千秋がギョッと顔をあげた。
隆維はじっとエドナさんを見ている。
「ラフがいて、俺たちはラフを父さんだと思ってて迎えに来てくれた父さんは俺らにとって異物だけど、一緒に居るべきだってラフが考えてて、俺たちはその期待には応えたかった。父さんは知ってたけど、何も言わない。お互いに何も求めない。それで心地良かったんだから不満はないけどね」
すっとキャスが視線を外したのが見えた。
不満が出たのが去年の『パティに会いたい』だったんだろうなとは思う。
「そうね。アーサーがはじめて状況に気がついた時、あなたたち二人の『父』は既にラフだったから、混乱させるのはよくないからと会わないでおこうとしていたのは確かだわ。シヴィラの依頼とルシエの依頼が重ならなければきっと、ずっとラフの子供でだけいられたわね」
ゆっくりと答えるエドナさんの言葉を隆維葉ただ聞いて納得したように頷く。
「ん。ただの確認。父さんが父さんなりの愛情を持ってくれてるのも知ってるし、歩み寄らないのはお互い様だと思ってる。俺なりに父さんのことも愛してるから、父さんには俺達に縛られて欲しくないなとも思う」
へろっと笑う隆維にイラッとした空気の千秋。
頷いてた隆維がこっちを見る。
「にーちゃんたちとさ兄弟できて、俺は不満ないわけ。妹達もかわいーしね。んで、千秋兄、朝だからって食細すぎ! 昨夜も少なかっただろ! ぜってー夏前より食事量減ってねぇ?」
「ただの夏の食欲不振だよ! 栄養補給はしてるし、なんでそんなすんなり納得できるんだよ!」
口論が始まる横でエドナさんがロールサンドを食べている。
「あら、おいしい。大丈夫。騒がしいのには馴れてるから」
そうと頷いて少し予定を考える。
どさくさ紛れに押し付けられた千秋の朝ごはんを食べながらとりあえず、千秋と隆維は放置を決める。
あとで、睡眠不足の気がした恭君には寝ろと一言言って、志狼さんに芹香は任せて大丈夫かな?
……。
声をかけて大丈夫だろうか?
「キャス、話の時間とってもらってかまわない、かな?」
「……いいけど」
ぎこちない、それでも受け入れてもらえてほっとする。
「おはよー、あさごはーん。……今朝はいらなーい」
飛び込んできていきなりユーターンしようとしたのはミラ。
「あら。元気そうね。朝ごはんは大事だわ。ちゃんと、お勉強してるかしら? 迷惑はかけてないでしょうね?」
とどめたのはエドナさん。
「放してエドナ。ミラはちゃんとお父様のいい娘だもの!」
千秋が口論を止めて隆維を見てる。
なにごと? という表情で。多分、俺もご同様なんだろうなと思う。
隆維から苦笑がこぼれる。
「エドナはミラの母親。ここに来るってびっくりなんだよ? 普段は母さんに気を使ってるから」
うん。
それは「そうなんだ」しか出ないね。
「チアキ!」
「ルーカス?」
「チアキがご飯食べてる間シズメ、借りるね」
キャスが千秋に言ってる間にご馳走様。使用済みの食器を流しへ運ぶ。




