二人時間。
結局のところ、潤にとって私は家族に紹介できる相手じゃないのだろうと思っていた。
「ただいまー」
十時を過ぎた頃に潤が帰ってきた。
それはもう自然に。
いつも通りにキッチンに顔を覗かせてそのまま洗面所で手を洗い、戻ってくる。
数ヶ月の留守をなかった事のように振る舞う。
「コウは?」
さすがに甥のことは気になるのか、とも思ったけれど、気に留めた相手はちゃんと気に留めておく人だったとも思う。
その分、過去の女性関係がいつ再燃しても不思議のない人。
それが私の見る『風峰潤』
愛してる。結婚しようと言われても、使用済み箸袋ほどに軽い。
「移動で疲れたんでしょう。うとうとしてたから、お布団にいれたわ」
家族がいるらしいのは端々から垣間見えた。
兄が、弟が、妹が。
どこまでも気ままな糸の切れたヘリウム風船。その糸を捕まえてそばに置いておこうとするのは難しい。
「迷惑、だったか?」
気遣うように言われて首を横に振った。
「亨君は良い子だったわ。お手伝いをしてくれたり、いろいろ話してくれたりしたわ」
プロポーズを断っていると教えて混乱させたのは私だ。
じっと見つめる。
潤はびくりと居心地悪げに身じろぎ。
「私ね、私が年上で家族に紹介するのが恥ずかしいと思っているじゃないかと思っていたの。ううん、今もね」
なにかしら?
その、『なに。わけわかんない』って表情は。
仄君の事を知っているのは、彼が自分から顔を出したからよ?
彼は『断ってる』と教えれば、『当然の結論』と薄く笑っていたわ。
今日、しみじみと引き合わせて貰えないけれど、話題にされていたんだなぁと思っていたの。
確かに仄君からも亨君からも悪い感情は感じなかったけど。
「紹介するような家族でもねぇしなぁ。ま。コウは可愛いし、兄嫁はいい人だけど、兄や弟はアレだし。紹介する理由がねぇ。結婚なんてさ、二人のことだろ?」
法的に書類を埋めることができればいい。
潤がそう考えてるような気がして、家族になるのだからその背景にも受け入れられたいと思う私とは違う感性の誤差。
説明してもらえればマシかもしれない。
ただ、そういうところで口下手になる。
「俺は桐子が好きだ。桐子だから結婚しようと言いたくなるんだ」
ドキドキする。
嬉しくないはずがない。こんなに何度も断っているのに言い続けるのは私の結論を舐めてるのか、本気で思ってくれているのか悩ましい。
「だから、晩飯」
テーブルに突っ伏して、『ごはーん』とばかりに手を伸ばす。
フッとため息をこぼす。
こういう人だ。こういうところが使用済み箸袋ほどに軽いのだ。おこわにかけるごま塩でもいい。
「待っていて」
亨君は美味しいと言ってくれた潤の好きな献立。
並べれば、嬉しそうに目を輝かせている。
「どうして、私なの?」
私は若くないし、それほど融通のきく方でもない。好きだからといっても自由すぎる潤を心配して生きていくのは耐えられるかどうかわからない。
「どうしてって、桐子が桐子だから。桐子がいいんだよ」
「私ね、憧れていたの。夫になる人の家族に紹介されること。夫になる人を家族に紹介する。みたいな光景をね」
潤はぽかんと私を見てた。
もっと、早く伝えれば良かったのかしら?
きっと潤は思いついてもいなかった。
「えっと、兄貴に時間取れるか確認してみる。桐子の家族に挨拶いく?」
一気に自信なさげに言う潤の様子がおかしくてつい吹き出してしまった。
「笑うなよ。早く言ってくれればいいのに」
「知られたくないかと思っていたのよ」
「……俺は桐子が知られたくないんだって思ってたよ」
そんなことないと首を横に振りつつ、ビールを差し出す。
「ねぇ、好きよ」
「……知ってる。自信なくなりかけてたトコだったけどな」




