九月十九日夕暮れて夜道
なんとなく、久しぶりに見た気がする潤は彼によく似た男の子を連れていた。
奥さんは居たことはないと言っていたけれど、子供がいないとは言っていなかったからと思う。もう、諦めたはずだったのに胸が痛い。
「桐子」
いつも通りの笑顔で声をかけられて、騒めく。
彼とは在り方が違い過ぎそばにいるとその誤差が辛いのだ。
「仕事中です」
あなたも時間のはずでしょうと睨む。
「終わんの待つからさ」
「仕事は?」
ツッコミは付いてきていた少年。
「でーじょーぶだって。らぎあっちが処理するって言ってたろ?」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
「臨機応変臨機応変」
楽しげに潤は言う。ダメな大人だと思う。引いて、ひと気の少ない場所に連れて行く。騒がしいのは困る。
「すみません」
少年がしょんぼりと頭を下げる。
「貴方が謝ることはないのよ?」
「そうそう。何も悪いことしてないんだからさ」
潤が得意げに言うことでもないと思うわ。つい、こぼしたため息をどう取ったのか、潤は笑って、亨君は頭を下げた。
「未来の叔母さんに早くご挨拶したくて。叔父はテキトーでダメな人だけど、だいたいは頼りになる人だから!」
フォローしたいのか、落としたいのかわからない少年が甥だという事実が妙に安心感を呼んだ。
「甥の風峰亨です。四月からうろなで生活する予定なので、よろしくお願いします」
私から妙な棘が消えたことに気がついたのか、少年は自己紹介した。
挨拶を返して、四月からという言葉に疑問を返す。
「親御さんの転勤かなにか?」
「いえ、叔父たちがいますし、高校は少し親元から離れる練習です」
「兄貴普段仕事ばっかじゃねーか。ほのも居ないから寂しくなったかー?」
ハキハキ言う亨君にざっぱり切る潤。
拗ねた眼差しで潤を見上げる姿は信頼関係なのだろうと思う。
「潤」
「んー?」
言いながら手を伸ばしてくるから払っておく。
「お勤め、いってらっしゃい。亨君、おばさんがお仕事終わるまで待っていてくれるかしら?」
きょとんとする二人。
「終わったら、一緒に買い物に行きましょう。ウチにいらっしゃい。潤は遅くなるもの」
言葉を聞いた亨君がにこっと笑顔になる。
「はい。本読んでますね。よろしくお願いします」
「晩御飯、何がいいかしらね」
潤を追い払いつつ、亨君に尋ねる。
亨君は嬉しそうにはにかんで、
「好き嫌いはないです。叔父の好きなモノはたいていが美味しいと思ってます」
「たいてい?」
「例外はあると思います」
真面目そうな表情で言うから、つい笑ってしまった。いったい、何を食べさせられたのだろうと思う。
そう言えば、潤は食品の外見には拘らず、とりあえず、食べてみる人だった。
笑ってしまって、拗ねただろうかと気になる。
年頃の男の子は難しい。
「叔父はやっぱりすごいと思います」
え?
「素敵な人を選んでるから。素敵な人が家族になるんだと思ったら嬉しくて」
ぴたりと言葉を止めて、ゆっくりと首を傾げた。
「どうかしたかしら?」
「叔父とは結婚なさるんですか?」
「今、断ってるわね」
すぅっと顔色が悪くなり、落ち着きが一気になくなった。
あ、かわいそう。
「ごめんなさい。あの、叔父の勤め先で待っていま」
「本を読んで待っていてね」
少し気まずげに視線を泳がせてから私を見上げてくる。
「あの、叔父がプロポーズしたなら、ちゃんと本気ですから、えっと……。本を読んでますね」
潤はいらなくてもいいからあの甥っ子は欲しくなる可愛さだと思う。
仕事を終えて、うろ北のスーパーへ。
仕事を終えた後の買い物はどうしても商店街よりスーパーへと足を運ばざるを得ない。
品揃えはいろいろ多いから問題はないのだけど、前は潤が商店街で買い足してくれていたから、今が少し物足りない。
亨君との話題は通う予定のうろ高のこと。尊敬するご両親のこと。
自慢なのかなんなのか、離婚と再婚を繰り返しているという祖父母のこと。
「結局、二人で居たいと思っても、一緒にいられないって別れて、またやっぱりあなたがいいって繰り返しているんです」
潤の性格に難ありなのはそのせいなのかしらとも思わなくもない。
「父は忙しい人で、それでも時間を作ってかまってくれてました。叔父たちとの時間の方が長いですけどね。だから、ぼくは叔父達が大好きで、叔父が好きになった人が好きになれる人だといいなと思っていたんです。桐子さんは、素敵な人だと感じたから、嬉しくて、あの、困らせたんならすみませんでした」




