九月十九日夕方の来訪
うろなではあまり見ない少年が高校を覗いていた。手元にはメモ。横で茶をすすっていた先輩が首を傾げてから跳ねるように立ち上がり、少年に向かった。
「コウ!」
呼びかけられた少年はほっとしたように先輩に笑いかけている。
「潤おじさん、久しぶり。たまには帰ってくれないと父さんもつまんなさそうだよ?」
「っちゃー、気にしてねぇよ。どうしたんだ?」
「もぅ。どうしたじゃないよ。来年から通う学校の下見だよ」
「中学ならこっちじゃないぞ?」
「もー。高校! ちゃんと今中学三年生だからね」
先輩の甥っ子らしい少年はこっちを見て、ゆっくり頭を下げた。
手入れのいい黒髪と穏やかそうな黒い目の少年は、先輩がからかったように小柄だった。
「こんにちは。叔父がお世話になっております。甥の風峰亨です。……おじさん、お仕事が終わるまでぼくは何処にいたらいい?」
「あ、後輩の椹木です。先輩、いいですよ」
仕事をしていたら普通に九時は過ぎる。行き場のない状況で放っておくわけにもいかない。
「そっかー? 助かるわ、らぎあっち。じゃあ、コウ行くか」
「お仕事が優先だと思うんだけど?」
気軽い先輩に渋い顔でお説教するように言う亨君。
「いい、いい。らぎあっちが処理してくれるって言ってるしさ」
「潤おじさん! すみません。……ああ、もう。椹木さん、叔父をお借りしますね」
亨君は叔父兄弟に似ず気遣いが出来る子で、ぺこりと申し訳なさそうに頭を下げられた。
「おら、行くぞー」
「ちゃんと仕事に戻らなきゃダメだからね!」
見送りつつ、戻ってくることは期待しないでおこう。そう思った。
「連絡貰ってたっけ~?」
「したよ? 一週間前と、一時間前。一時間前は返事なかったけど」
コウは二日分の宿泊準備の鞄を揺らしながらついてくる。
家との連絡用の携帯を見ると、
「あ、わりぃ、電源落ちてるわ」
「もー。しょうがないんだからー」
夕方のうろなの町。まだ秋というには早く、陽が落ちるのも遅い。
「コウ。海見に行くかー? 受かればいつでも見に来れるけどなー」
帰りにモールで晩飯を買って帰ればいいかと思う。
「綺麗、そうだね。でも潤叔父さん、ぼくはさ」
ん?
にっこりと兄に似た表情で甥っ子が笑う。その笑い方憶えるのやめよう? 腹黒っぽく見えるから。
「おじさんの恋人のヒトに紹介して欲しいなぁ。父さんも気にしてたし」
「し、紹介!?」
「だって、来年の四月からは同じ町内にいるんでしょう? 新しく家族になる人なんだからやっぱりご挨拶しときたいよ?」
「えー」
「えーじゃないよ。結婚考えてるんでしょう? 母さんが叔父さんが誰かにプロポーズしたって言ってたよ?」
いや、まぁ、そうなんだけどな。
「業務終了にはあと少し時間がかかるなぁ」
まぁ、いいか。
「彼女の勤務先は図書館だから、行くかー」
ふと見かけたカップルにほっこりする。ようやく落ち着いてきた赤毛っこが彼女を困らせている。まだ、バランスの危うさはあるけれど、良かったと思う。
「叔父さん?」
コウの視線が俺の視線を追ってカップルを見つける。
「……はぅっ」
真っ赤になって俯いてしまうコウ。
「キスシーンは刺激強かったかー」
「うーー、あの制服、未来の先輩? 学校で顔合わせるのかな?」
「入れ替わりだから学校では会わねーよ。ほら、行くぞ」
コウはふるっと切り替えるように頭を振る。
「叔父さんの彼女ってどんな人なの?」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
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空ちゃん、ちらり。




