九月十九日 夜 旧水族館 3
「ん~、隆維」
鎮が一応空ねぇより隆維を優先する気になったらしい。
「あんだよ? ちゃんと聞いてる!?」
あれ? 鎮、聞いてなくね? 隆維、余計怒ると思うんだけど?
「髪、濡れてる。いくらまだ暑くても濡れたままだと体調崩すだろ?」
「……。今はそんなことじゃなくて!」
言葉を続けようとした隆維が言葉を途切れさせる。
滑り込んできた車は志狼さんのもの。ばたばたと開けられたドアから飛び出してきたのは芹香だ。
「やっぱり! 空ねぇ♪ 一緒にアイスたべよぅ! あ、二人ともおかえりー。シロちゃんに途中で拾ってもらったからアイス溶けてないよー」
どうも、口論自体に気がついていなかった芹香がアイスの箱を振り回してはしゃぐ。食品を振り回すなとアレほど言い聞かせてるだろう!?
そのまま、恭くん宗くんにも誘いかけてから、ようやく鎮が気にしてる存在、隆維に気がつく。この間に隆維は表情を取り繕っている。芹香に気がつかせる気はないっぽい。
「ぅ、っわー。おかえりー隆維!」
放り出しそうなアイスの箱を俺に押し付けるとそのまま隆維に飛びつく。
「ただいま。芹香」
「涼維はー?」
「おいてきたー。つかアイスー」
って、置いてきたのかよ!?
鎮からのアイコンタクト。
はいはい。
「ま、髪乾かしてからだなー」
ぐしゃっと撫でると確かに濡れていて。あんまり感心できない。
「あーとーでー」
隆維の含みのある、『あとで』文句は後で続きがあるってトコかー。
「鎮兄も、空ねぇも早くー♪」
芹香が手を振る。
「おかえりなさい。隆維くん」
「ただいま。空ねぇ。こんな時間にまで鎮にーちゃんがごめんね。ジョーシキ欠けてるよなー。でも、遅くなりついでにアイス食べていってよ。おみやげは荷物になるから郵送なんだー。みんな、元気ー? 俺、向こうで楽しかったけど、同時にちょー暇! こっちが懐かしくってさー」
ぽんぽんと続く隆維の言葉は止まるところを知らないかのように流れる。
芹香がいて、そういえばルーカスがロリな発言をしてたことを思い出す。
ルーカスは志狼さんと話し込んでいた。
「隆維、とりあえず、中へ。髪乾かさなきゃ」
「僕らは帰りますね。残念ながら志狼が送ってくれるそうなので、ついでに一晩少々、ルーカスさんをお借りしますね、千秋さん」
え?
俺のアドバイザーのはず?
「テキスト確認しといてねー」
ルーカスは行動を決めてるらしく大きく手を振ってくる。
テキスト。トランクに詰められた資料の山だ。
「日本のカテイりょーりを、キャラ弁をキョーイチロに作ってもらうでーす」
「ルーカスさん、難易度上げないでください!」
「シロちゃん、アイスはー?」
芹香が食べていくと思ってたんだろう。残念そうな声を上げる。
「残しといて〜。明日食べにくるからさ」
「えー。知らないー。そういっちゃんに全部あげちゃうかもー」
戯れる芹香に志狼さんは笑う。
「その時は買い出しに行って、せりりんの分は無しにしよう」
ぎゃーぎゃーじゃれあってから恭君に促されて、車に戻る志狼さん。
ふと見ると何か考え込んでいるっぽい鎮に心配そうに空ねぇが寄り添っていた。
「なんか、あったの?」
隆維の声はトゲがある。
何を、どこを気にしているのかがわからない。
碧ちゃんと千鶴ちゃんが荷物を抱えて早く行けと促してくる。
アイス溶けたらあれだもんな。
「どこまで行ってきたの?」
「置いてけ池のそばのショップ。遅くまでやってるし、エアコンの効きが良くて涼しいんだ」
あの辺ってガラの良くない系がたむろってなかったっけと思ってれば、千鶴ちゃんが声を出さずに『おにーちゃん』ああ、健の友達が多いのか。サクッと芹香から押し付けられたアイスのBOXを千鶴ちゃんが回収していく。
「碧ちゃん、わかちゃん、具合悪いっポイからアイス持っていってあげて」
隆維が碧ちゃんに言いつける。
「俺はゆーはんまだだからさくーっとアイスを食べるー」
ふっと、芹香が空ねぇにアイスの種類を説明しながら誘導しているのを確認した隆維が見上げてくる。
ダメだろ、飯が先という言葉が喉に引っかかって出てこない。
「自傷癖あるわかちゃんの現場、芹香、目撃とかしてたりしねーよな? 転んでガラスで切った鎮兄の様子とは違うんだぞ? こーゆー非常時の連絡先なら信にーとかだけどさー、今ちょっと頼み難いよね。で、俺さぁ、家ん中、あんまよく知らない部外者が入り込んでるの嫌い。帰ったとたん、イロイロだったからちょっと八つ当たり。あとさー、あのルーカスってにーちゃんむかつくー」
は?
大人しく少し反省してたら、脈絡なく抑えた声が通常に戻る。
「なんで?」
理由がわからない。
「気がつかなかった? まぁ、いいけどー。早く部屋はいろー。アイスー」
怒らせたからこのむかつく対応!?
「先に髪乾かして、それからごはんが先!」
「冷蔵庫、摘むもんほぼなかったしー」
「ああ、ジークが摘み食うから」
隠してあるんだよな。
隆維が先に進みかけていた歩みを止める。
「じゃ、今日は千秋兄のゆーはん?」
すぐに答えられない。
「鎮が、なんか作ってくれるさ」
「ふーん。じゃあ、何が作れるかちゃんと聞かないとなー。冷蔵庫空っぽー♪」
含みのある口調がむかつく。
「にーちゃん達が二人ともいない夜間に、わかちゃんがリスカしてたんだからな。芹香もミラも小学生なんだからな」
あ。
過保護にする気はなくて、でもそこを守っておきたいとは思う部分があって。
「俺、にーちゃんたちがそーゆーことを軽く考えてるなんて思ってなかったんだ。それとも、考えられないくらい何かがあった? 話せることじゃ、ねーんだろ? ま、良いんだけどさ」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
空ちゃんを
『冬過ぎて、春来るらし』
http://book1.adouzi.eu.org/n7507bq/
『置いてけ池』アイスクリームショップ
お借りしました♪




