九月十九日 夜 千秋4
うまく納得できない心情をたぶん、鎮先輩との喧嘩でぶり返したらしい千秋先輩の愚痴をルーカスと聞く。
にこにこ聞いている、ルーカスの醸す雰囲気がすこーしずつ悪化していることに千秋先輩は気がついていない。
旧水族館に様子を見に行ったエルザさんと別れて千秋先輩の気分が落ち着くまでのお付き合い。僕も恭兄さんが鎮先輩を落ち着かせる話し合い中は、帰れないし、ちょうど良かった。
「コンバンハ。ボクはルーカスっていいます。チアキのトモダチですかー?」
エルザさんが行って間をおかずひょこっと乗り出してきて笑顔で名乗るルーカス。さっき名乗ってたのは聞いてたけど僕はスルーしてたしね。
「山辺宗一郎です。こんばんは」
改めての挨拶。
にこにこ笑って手を差し出してくる。
その手を取れば激しく上下に振られた。
「こーれでソーイチロともともだちー」
その後は和やかに千秋先輩の愚痴を引き出していく。時々僕に話題を振ってくるのは言葉を確認するためかとも思う。
千秋先輩が引っかかってるメインは鎮先輩のことには違いないけれど、他にも細かいのは結構あるっぽいよね。
「チアキ」
「?」
「チアキ、ほれたオンナノコのことソーダンしてた相手にダメになったし付き合わない? なんて、ダメに決まってるぞ」
ルーカスがまず引っかかったのは飛鳥さんのこと。
「んー」と言う千秋先輩は問題を感じてるようには見えない。それにしても恋愛相談で二、三時間通話ってさすが兄弟だなぁ。
「飛鳥ちゃんは恋愛する気ないと思うから、お互いに都合がいいかと思ってるんだよね」
一般的にサイテー発言だと思いますよ?
ウチでもよくある結婚の形ですけど。
「うーん、聞こえが悪いよー。あと、フリーの方が都合がいいし、チアキが相手にする予定の人たちって自分の研究以外には保守的だったり開放的だったりはそれぞれだしね。それに、納得できないことを地味に引きずるスタイルはこれからの失敗とかに対して対応力が低い、と言うしかないしー」
「なっ?」
「迷って、いっぱい失敗を繰り返して進み方を決めてほしい。っていうのがグリフの考えだけど、これって、グリフからも失敗しかねない、クエストが出るってことだよ? いきなり、当たり前の優遇対応が取り除かれることだってある。ねぇ、チアキはどう対応していく人になりたいの?」
「え」
「チアキが終わったことは切り替えられるのは知ってるけど、そんな人ばっかりじゃない。どう、対応していくかが大事。いまのまま、当たりさわりなく流れるの? 変えたい、嫌だと思うんなら、どう理解していくの? だから、しかたないってあきらめられないまま執着がとけない人が多いんだよ。そしてなまじ知識と発想があって、ついでにそれなりの影響力、かな。倫理観や常識が吹っ飛んで、曲がれない人たちねー」
千秋先輩が黙って拳を握っている。
ルーカスがチラッとこっちを見たのはどこまで僕に聞かせていいか悩んでるから?
「……時間はかかるのかもしれない。でも、人間のやることに絶対的な完璧はないし、理解できた時、俺がどう思って行動するかなんて先はわかんねーよ? それでも、今、知り合った奴らが、あいつが、当たり前にそれを受け入れているのがいやなんだよ。自分にどうしようもなかったことに囚われて、『だから道がない』『見えない』それが、いやなんだ」
千秋先輩が呼吸を整える。言葉の間に割り込むようにルーカスが言葉を綴る。
「つまり研究者を追い詰める? それはそれで危険だと思うよ? 反感を買うしー」
ぱちりと千秋先輩が瞬きをした。不思議そうに。
「なんで追い詰めんの?」
「そう、ならない? その行動がダメって、否定したり中断することを望むんだよね」
会話と視線はお互いに疑問符が、沈黙が飛んでいる。
「全部が、間違ってるわけじゃないだろ? 失ったものは戻らないんだよ? それでも生きてる限り、道は、ひとつじゃなくあるんだ。あそこが望むのが『幸せ』なら。道はどこかにあるんじゃないかと思う。形はともかくさ、『愛』を知ってるのに。惜しんで与えないのは『幸せ』に繋がらないだろ?」
恥ずかしげもなく言う千秋先輩を見ていて思うことは、人を混乱させて落ち着いてきたな。ということかなぁ。
ああ、言ってるけど、千秋先輩。鎮先輩にはその愛情、ツン過ぎて届いていないと思います。




