九月十九日 夜 鎮5
「鎮さんが自分の在り方が不安に思ってらっしゃることは空さんもご存知ですよね?」
恭君が優しい感じで空に説明をはじめる。俺に対する物言いより随分と優しい。いや、いいんだけどさ。
「根本的に有るのは自己否定。承認願望が満たされていない。そこを与えられていてもそれと理解できず、受け取れていない状況ですね。ちょーめんどくさいです。受け入れて自分で決めろと言われて見守られても、動き方を理解できないせいで結局指示待ち。それをダメと言われてもやり過ごし方を説明されないが故にダメだけが積み重なっていく感じですかねぇ」
うーん。そこまで考えてなかったなー。
ただわかんないだけで。
「ぼーっとこの夏、空さんへの惚気を聞きつつ、時々漏らしていた言葉を繋ぐとそんな感じです」
「そんな感じなの?」
あえてそう言われるとちょっと驚く。分析されてたとは思わなかった。聞き流されてると思ってたから。
空を抱き込んで座ってるせいで恭君は基本視線を逸らしている。時々空と視線を合わせて様子を確認してる。
「そんな感じです。聴き取った僕を褒め称えても良いんですよ?」
「おー。すごいスゴい」
「バカにされ感ハンパないのでやっぱりいいです」
「えぇっ!?」
せっかく褒めたのに。素気無い。つれない。
「まぁ、理解できてないなら、レールを敷けばいいんです。こうした方がイイっていうレールをね。歩けない人にいきなり広い世界を見せて、『さあ自由だ。好きにしろ』って言ってもそこから動きようがないですからね。それでも、動き方を知ってる人にとってはそれは呼吸するのとほぼ同意で気がつけないんですよね」
ギュウッと空を抱きしめる。
突き放す口調ができない、動けない自分をより意識させる。
不安。
息苦しい。空といたい。他は本当はどうでもいい。
でも、自分の居場所がわからないと空に負担かける、じゃなくて、また傷つけかねなくて不安で怖い。
こうしよう。ああしようという提示があるのはすごく安心できるんだ。
それでも、うまくいかない時はやっぱり俺に問題があると思うんだよなぁ。せっかくうまくいくようにって手を回してくれてるのに。
呼吸するくらいに普通なことが俺にはうまく出来てない。きっとできると信頼して「好きに生きていい」と言ってもらってるのにどうすればいいのかがわからないんだ。
空のぬくもりに不安がただ溶ける。
それでも俺が悪いんじゃないと言われても、納得できないんだ。
「わかりました」
仕方なさそうな恭君の言葉が鬱々しかけた意識に切り込んでくる。
「悪いと思うなら改善していかなければならないわけです」
それはわかる。
「つまり、もうその状況を作りたくないと、意識に叩き込むのが得策です」
それはそうだと思うから頷く。
でも、それって難しくない?
「じゃあ、うまくいかない。トラブった後は……」
あえて、言葉を途切れさせる恭君。
「あとは?」
ん?
恭君がじっと空を見てる。
なんで空見てんの?
さっきから妙に空に絡みすぎなんだけど?
「空さんと僕がデートですね」
……。
はぇ?
思考が回ってない気がする幻聴?
ぇ?
じっと見ればにやりと笑う恭君。
えぇえええええええ!?
なんで?
「なんでそーなんだよ!?」
「えー。回避したいバツゲームですよー。鎮さんのダメージが高く、僕にもミホさんに疑われたり、マイナス評価もらいかねない悲しい事態ですね」
詰め寄れば、するりと逃げられる。
「ミホちゃんは全然意識してないと思うから大丈夫だろ!」
有坂一本一筋で!
「そこはなんとか抑えようがあるんですよ!」
ムッとしたのか、反論がきた。どんな手段使う気だろ?
あれほど、
「脈ないで完結してんじゃん!」
「引っ掻きようはあるんです!って、今はそっちは関係ないんですよ。それに、回避しようはありますよ?」
「回避法?」
「責任元が僕だと納得してくだされば、鎮さんは悪くないわけですよね? バツゲームいらないですよ?」
得意げに告げてくる恭君。
ぅああああああああ。
納得できないーーー。
「仕方ない人ですよねー」
だから、空の手を取ってんじゃねーよ。ついでにしみじみ言うなー。
「実際、僕の見通しが甘いからの不適合は僕の判断ミスなんですけどね。でもこの条件が効果的そうですねー。空さん、行ってみたい所とかあります? ゆっくり考えておいてくださいね?」
にこにこ空には優しい。フッとジフを掴む恭君。くたりとしたぬいぐるみ。空が受け取ってる。
提案して示してくれてるだけでも助かるわけだから、そこに責任を求めるってなんか、ちがわね?
やっぱりさ、
「だから、出来ないのが、やっぱり悪いと、思うんだけど?」
静かに視線が合わせられ、じっと見つめられる。ゆっくり息を吐き出し、吸って吐いて、視線を合わせなおされて、
「ふざけたことを言わないでください。僕は、アドバイスではなく、指示誘導だと言いましたよね?」
淡々と言われる言葉に頷く。ふざけたつもりはないんだけど?
流れるように言葉を連ねられる。
「心のハンディキャップも身体のハンディキャップも等しく人が生きるうえでの障害でしょう?」
そう言われたらそうなんだと思う。
「出来ないのが悪いんですか」
眼差しがかなり冷たい。
「つまり、心臓が悪く走れないのなら心臓が悪く生まれついた本人が悪いんですね? それゆえに寝たきりだったとしたら、運動することが出来ず足を萎えさせ歩けない本人が悪いんですね。リハビリに挫けてしまう心の弱さも本人が弱いからなんですね?」
え?
何、言ってんの?
にこりと恭君が笑う。
「仕方がないですね。本人が悪いんですから」
「んなわけないだろ!」
咄嗟に怒鳴ってた。恭君はピクリとも動じず平然としている。
「同じことなんですよ?」
おなじ?
「鎮さんが自分が悪いと言ってしまう事は、僕にとってさっきのようなことを鎮さんから言われているのとなにひとつとして変わりません」
ピシリッと言われる。
その言葉は、胸の奥に冷たい棘が刺さるかのよう。
「だから言ってるように受け入れがたいなら受け入れられない無理だとはっきり言ってもらわないと迷惑なんです。受け入れると言っておきながら受け入れられず拒否を示しているのが現状です。続ける気はあるんですよね?」
数度目のような気もする確認に頷く。拒否、してた?
「まぁ、この程度は想定内なのでたいしたことはありません。少し気を留めておく程度に自覚しといてください。『自分が悪い』と主張することで相手の不備を責めることだってありうるということを。罪悪感を植え込みたいのなら効果的だったりします。それに人は千差万別。現状、他人の反応を気にすることが出来るほど、鎮さんに余裕はないでしょ?」
え?
想定内なの?
なんか、わざとこの状況もってきた?
「縋ればいいんです」
ぽつんと続けられた言葉は変わらず淡々としたトーン。
その変化のなさが微かに安堵を呼ぶ。
「わからないなら人に任せることも必要なんです。歩くために人の手を借りてリハビリする人をあなたは軽んじるんですか? 先ほど、否定したんですから違いますよね? それが身体であれ、心であれ何の違いがあるんです。そしてその手法を効率化するには結局データが必要なんですよ。ちなみにメインで縋られるハメになる空さんにはとてつもなく同情するので当然贔屓します! たとえばデート先はうろなじゃない方がいいなぁとは思いますが、空さんのリクエストをお聞きしときたいと思います」
ゆっくりとした調子で告げられていても少し混乱する俺に空がなだめるように擦り寄ってくる。
リクエスト。と聞かれた時点で少し身じろいだ気がする。空がそんな罰ゲームに参加する必要はないと思うんだけど?
「空さんは、」
ん?
「こー言う話はお嫌ですか? 僕は現状そこまで時間を掛けられるとは言えません。おそらく本来必要な信用信頼関係を築いてるとも思っていません。僕が楽をするために空さんを巻き込む判断をしました。七割から、八割の可能性で鎮さんは不満に感じると知っていてです」
ふるりと空の頭が振られる。
ぎゅっと手が握られる。細い指。空の体温。
「いや、じゃないよ」
柔らかで静かな声。嫌がられていないことにほっとする。ほっとした自分がそれを恐れてたんだと気がついた。
「鎮君が少しでも怖くなくなるんなら、嬉しいから」
空がきゅっと握っている指先に力を込める。それは『一緒にいるよ』という声のない言葉のようで嬉しいし、安心する。
空の表情は見えない。でも恭君は笑ってる。
「嫌な事をさせるかも知れません。空さんにとっては不本意な」
「大丈夫。鎮君にとって、良いと思っての行動、だよね? なら、大丈夫だよ。鎮君とのことだから……」
そう、そしてあのひどい条件を突きつけられたんだ。
空成分が枯渇するじゃん。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より空ちゃんお借りいたしました。




