九月十九日 夜 鎮4
恭一郎が心の整理をつけ、カップを握り込む。一口喉を湿らせてから切り出す。
「はっきり言えば」
「言えば?」
「早いんですよ。まだ」
「?」
空を抱きかかえた姿勢のまま首をかしげる鎮。何が早いと言われているのかがわからない表情。
恭一郎はその反応を確認しつつ言葉を選ぶ。
「鎮さんと僕の関係性ですね。僕にとっても、鎮さんにとっても情報が不足していて判断が鈍るんです」
「えっと?」
恭一郎の説明にも鎮はまだわからない表情。
数回同じ会話を覚悟しているのか、恭一郎は鎮に理解が届かなくても気にせず言葉を選ぶ。
「僕は鎮さんにとって、空さんに対する惚気をだだ流しにしても怒ったり、露骨に困ったりすることのない相手です。そして、鎮さんは僕の試しに付き合ってくれているわけですよね。はっきりと実験検証と言っていることに鎮さんは安心して受け入れました。ここである種の割り切りも発生しています」
「割り切りって」
恭一郎に淡々と告げられる言葉に鎮が反論しかけてもすぐに畳み掛けられる。
「楽でしょう? 従えばいいんです。指針を示され、流れを促され、それに沿えばいいんです。ひとつ僕の出す条件は、うまく流れられなかった時、その責任を鎮さんは抱き込まないでください」
「は?」
納得しようとして最後の言葉に疑問符が出てくる。不服そうな鎮に恭一郎はただ淡々と続ける。
「いいですか? 僕がしようと言っているのは助言と言うより指示誘導です。ですから、うまく流れられなかった場合は僕の判断ミスであり、指示ミスなんです。つーまーりー、上手くいかないような指示を出し、流れを示した責任は僕な訳ですね」
「できない俺が悪いんじゃね?」
明解だと思う回答をあげる鎮に恭一郎は微かに表情を翳らせる。
「違います。時間と情報と依存関係が僕と鎮さんの間には足りていない状況を認識した上で、互いの納得を持っての今回のプランです。足りない尽くしと言ってもいいですが、そこは鎮さんの責任から外れます。それでも、確かに足りないので」
お互いに簡単には譲ることができないこと。不足する信頼と情報。
「足りないので?」
途切れさせる恭一郎の言葉を重ねるように繰り返す鎮。にこりと恭一郎は笑う。笑顔の先は空。
「空さんには巻き込まれてもらおうと言うわけです。当事者ですしね。ハブっちゃいけませんよね」
「ぇえ!?」
にこやかに宣言する恭一郎に鎮が不服を訴える。
「不満なんですか?」
「なんか、空が困るのヤダ」
駄々っ子のように呟いて空を抱く手に力を入れる。
つっとそれを一瞥した恭一郎は視線を鎮から抱きかかえられながら聞いていた空に視線を移す。
「空さん、このヒトの矯正調整調教ってちょー面倒だと思うんです。でも、一緒に頑張ってみませんか? 初めての二人の共同作業として」
茶目っ気を入れて伝えられた言葉に軽く微笑む空。
「恭君! その表現!」
空が口を開く前に遮るように鎮が苦情を申し立て恭一郎の眼差しが一瞬きついものになる。
恭一郎がそっと二人に近づき、空の手をそっと取る。その時、妨害しようとした鎮の抗議の動きは無視。
「えー。迷惑じゃあって、妙に気にされるのって迷惑なんで先に断るんならはっきり断ってくださいって鎮さんには言ってますし、空さんも巻き込まれるのが迷惑なら迷惑だとはっきりきっぱり言ってくださいね」
にこやかに空に告げる。迷惑という言葉であいた手を動かして鎮を指したのはご愛嬌。
「だーかーらー、恭君、空の手いつまで握ってんだよっ! って言うか、その発言でなんで俺を指し示してんの!?」
「嫌ですねぇ。お返事もらえるまでに決まってるじゃないですか。ねぇ、空さん」
恭一郎はにこやかに空に同意を求めた。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より空ちゃんお借りいたしました。




