九月十九日 夜 千秋 2
エルザさんはジークさんの様子を見に行くと離れ、もう一人の人はぶらりと数歩離れてついてくる。
好奇心が見える表情は視線を向けるとにこにこ笑って手を振られるフレンドリーさ。千秋さんはちょっと苦笑しただけで放置することにしたらしい。
「宗くんは、鈴音ちゃんの件どう考えてるの?」
首をかしげる。
千秋先輩が何を思って尋ねてきたかわからなくて。
「校区違うけど、会うことはあるわけだし」
やっぱり何のことかよくわからない。
ふとよぎったのは、
「椎野君のことですか?」
芹香ちゃんが鈴音にも、椎野君にも手を差し伸べるので二人の中は微妙に微妙だ。
前の学校でトラブルを起こしていたからと公志郎が苦笑していたけれど。
頷く千秋先輩にあってたらしいと胸をなでおろす。
ただ、それを問われる意味がわからない。
天音も鈴音も自分で処理できるか、公志郎か、恭兄さんに話をふるかだろうとは思う。つまり、僕に干渉する余地はないし、何を関与すべきかもわからない。
二人とも問題なく通学しているし、問題が見えない。
「特に問題はないと思いますけど?」
芹香ちゃんと遊ぶときに微妙だといっても、折り合いはつけようとしているように見えるし。
「もんだい、ない?」
なんだか驚かれてる気がする。
よくわからないながらに頷く。
「助けが必要なら求めるでしょう?」
あの子達は困っていることがあればどこに求めればいいかくらいはわかってると僕は思ってる。
「言いにくいのかもとか」
残念ながらうちの妹たちがそんなかわいさは持ち合わせてるとは思えない。
「多分、あの子達にとって、僕に相談するって最終手段っぽいですよね」
恭兄さんか公志郎、せっちゃん、由継叔父さん志狼さん、あと、大叔父さんとか。
問題が大きくなる前にせっちゃんが上手く対応している気がする。つまり、僕の出る幕はないんだよね。
「え?」
「相談できるほどお互いに知らないですから」
一緒に食事とか団欒とかってうろなに来てからだから。距離があるし、一人暮らしをはじめて、(完全に一人暮らしと言うには難有りだとは思うけど)少し余計な気を張っていたことも自覚した。
他の誰かが日常的にそばにいる環境が楽しいながらも息苦しかったと気がついた。
「イヤな思いしてても放っておくの?」
信じられないと続きそうな空気。
「何ができるんです?」
僕は鈴音たちとは通っている学校も違ったし、うろなにきて、行きたがらない様子にはじめて不登校だったと知ったぐらい。
こっちに来てからだって原因は知らなかった。そのぐらい助けを求めてくることはなかった。
「何を言えば改善するんですか? 鈴音にしろ、天音にしろ、自分で妥協点を見つけなければ改善も解決もしませんよ?」
千秋先輩も鎮先輩もそのあたりの基準が僕とは違うからなぁと思う。他人の心配をするぐらいなら自分が他人を心配させる行動を控えればいいのにと思わなくもない。
「僕ができるのは、決まった場所に変わらず『兄』、頼りなくても、兄としてそこにいることだけです」
「何もしないの?」
僕は頷く。
「望まれない限りは」
納得できない空気が感じられる。
「先輩、ヒトの認識なんて様々ですし、受け入れ容量も違うんです」
「そりゃ、そーかもだけど」
「そーですねぇ、孤立してて、排斥されているように見えても本人が意識してなければ、第三者がわざわざ指摘して教える必要は無いんじゃないかと思いませんか?」
「え?」
「そこで指摘されて、何が解決します?」
「いや、現状がわかれば改善もできるだろ?」
「どうやってです?」
助けようとして気がついてない相手に孤独であると気づかせて、嫌われてると自覚する。もしくはそう解釈した後の解決って自分を追い込む方にいきやすいと思うんだけどなぁ。
よっぽどうまく動かないと悪循環。
小中学生ならクラスでお話合いなんかされたらとどめだよね。
興味を持っていなかった子にまで、『そういう扱いを受けてる子』なんだと認識させる。
からかうにはいいネタだし、庇って優越感を覚えるのもいいよね。そーゆー関係って、安心依存させておいて悪気なく切り捨てる。
切り捨てた方に残ってるのは『庇ってやっていた』美化された思い出。
『あの頃はああだった』って。
実際、その扱いをどう受け止めるかは本人だから。
「宗くん?」
「……はい?」
「ん。なんかさ、うまく納得はできないんだけどさ」
ゆっくりと視線が合わせられる。ほんの少し鎮先輩より明度ある瞳。陽の落ちた場所では黒と変わらない気もするけれど何かが違う。
「宗くんに出来ると思えたことが、居場所を残しておくってことだと思ったんなら間違ってはいないって思う。なんかさ、物足りないって思うけど、改善解決の手段って提示できるかって言ったら、思いつかなかったから。変わらず、そこに『ある』って大事だと思う」
ちょっと驚いた。認められるとは思ってなかったから。
千秋先輩が苦笑する。
「露骨に驚かなくてもいいだろ? うまくままならないことが多いことぐらい、俺だってわかっちゃいるさ」
するりと外される視線。
「でもさー。ままならなくて独りなんだって思っててもさ、いてくれるだけで頑張れたりするよな」
「隠蔽したい黒歴史作製ですか?」
「えー。人には恥ずかしいから隠しときたいかもしれないけどさー。独りだって思うのも、理解できずに迷走すんのもさ、生きるってことだろ?」
「千秋先輩」
「んー?」
「鎮先輩に、空さんとの距離とった方がいいって言いました?」
「だって、束縛しすぎだろ? わかんなくもないけど、あんまりよくなくね?」
困ったような表情に悪気はないんだなぁと思う。
「千秋先輩」
「うん?」
「駄目ばっかり言ってたら避けられますよ?」
本格的に嫌われたりはないだろうけど、避けられる状況はそれで作ったんじゃない、かなぁ、なんて思う。
「別に駄目ばっかり言ってるつもりはないんだけどな~」
ただ、そこが目立つんだろうなと思う。
背後でくすりと笑いがもれる。
後ろからのんびりついてきてた彼が千秋先輩に背後から抱きつく。驚いて振りほどこうとする千秋先輩をかわして笑う。
僕も少し驚いた。
「チアキとしてはおにーちゃんとられてジェラシー?」
「うるせぇ!」
千秋先輩、それ否定してない。
ルーカスと名乗った彼が僕に向けたウィンクは「しかたないよね」と言っているかのようだった。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より空ちゃんお名前お借りいたしました。




