千秋の指針
「お前にはわからないよ」
よく聞くセリフだ。
聞いててイラつく。
うん。
俺は短気だと思うよ。事実、言われてもないことを理解するほど理解力が高いとも思わない。
でもさ、過去に囚われても仕方ないじゃないか。
変えることができない過去に引き摺られて浸って、どうするんだと言いたい。
人のコト言えないだろってマサトは言うけれど、本当に彼女が死んでしまったコト自体はわかってはいる。ただ、それでも、彼女が好きなだけなんだ。そこに不満も不足もない。彼女を思えばあるのは充足感だから。
彼女への好きが薄れることなくある。それだけのこと。現実に居ても居なくても、俺の中にあるその気持ちはまだ褪せない。
君はもう変わらない。変わる要因を持っているのはあくまで俺で。君の時間は、止まったまま動かない。君が新たに何かを受け取ることなんかないのだから。
不満そうに見えると言われて苦笑が漏れる。
不満なのは闇に葬られた死因の真実が手の届かない理解できないところにあるコトだ。
知るなと。塞がれた情報と真実に苛立ちが募る。
知りたい知れない。それは大きな不満になるんだ。
過去は終わったコトで仕方ないにしろ、選ばなかったにしろ、変えれないし、その要因総てが自身の所為だなんて、……そこまで自意識過剰にはなれないし。
複数の周囲の意志に個の意志は紛れる。
そこに働く要因は大きく多い。
飛び出した言葉は止めれないし、取り消せない。
だからと言って修正できないわけでもない。それこそ、俺の思考をお前だってわかってないんだ。人のコトなんかわからない。予測を立てて決めつけるコトは出来てもそれが真実とどこまで近いかなんかわからないだろ。
わからないに決まってる。でも、
「今、わからないからって、あとで理解できないとはいいきれないだろ?」
それに、
「わからないコトを伝えてもらわなければ、わかってないコトすら知るコトができないじゃないか! 知りようもないコトを知らないと責められても、それはわかんねーよ。わかりようがないね」
マジ苛立たしい。
人柄を知っていれば、ひとつの事柄に対する行動がまるで真逆に見えることだってある。
情報ひとつ欠けるだけでどこまでも心無くも善良にも天秤は傾く。
人は見えたモノを自分の知識で判断する。
情報を与えられないのはそこを阻害されてるんだ。
たとえ、それが善意からでも。
大切なものを失わされて『君のために』とか言われても納得なんかできない。
そんな嘘は要らない。
正直に『自己満足』だって言えよ。
真実だけが正しいなんて子供じみたことを言う気なんかない。
すべて知ろうとも思わない。
方法はわからない。わからないから試すんだよ。それの正誤は後からついてくる。
「過去と、今はさ、変えれなくても、これからは、未来は、違うんだ。このままが嫌だから、俺は変えたいんだ。どんな感じに生きてきたのかなんか知らない。その環境すら向上した結果だと言われても、俺には不当で不足で不満に感じたんだ。俺が幸せで生きてきたから? 同情や憐憫? それのなにが悪い? 不幸に甘んじて、底にいたがって、不満だけぶつけられるのは理不尽だと感じるんだよ。他の誰でもなくて、俺が不満だからだよ!」
感情が抑えれず、声が大きくなる。それにわざとらしくため息をつかれる。
「お子様はしかたないね」とばかりに。そんなナナメな不満を示されても意味はない。
煽るだけ煽って応える気がないとばかりに当てつけるなら、それこそ、それを表に出すなと思う。
バカバカしい。だからと言ってそれを突きつければ傷ついた表情。
鎮が『兄』だからと言われたように、『弟』なのだから兄をたててやれと言われた。
在り方を変えろと言われたのは鎮も俺も変わらない。方向性は違うのだろうけど。
隆維や涼維は、そんなコトを望まれず、俺たちは間違っているとばかりに変えること、変わることを望まれた。
そして、その理由は知る必要などないとばかりに切り捨てられて、変わるコトを望まれる。それだけが事実。そこに生まれる不足と不満。
俺にとっても鎮にとっても世界は変わった。
それがどんな意味だろうが世界は変わった。
他人にとっては『たかが、それだけのこと』だろうけど、それは俺にとっての他人事だってそうだ。
外側だけの付き合いだってそれなりのマナーとルールがある。見える一面だけを見て知った気になってたら嫌な思いをする。
でも、見えた一面ですべてを包む事が出来ることもある。
彼女の見せてくれてた一面だけできっと他のなにを見ても『彼女』であるそれだけで、……全部、受け入れて後悔はなかっただろうなって思うんだ。
「マサトは不満に溺れてそのまま、変わりたくないんだろう?」
「は?」
だって、そうじゃないか。まともにぶつかる気なんかないんだ。
かわしてやり過ごして、通り過ぎたものを評価して、世の中こんなもんだって構えてても、なにも変わらなくて当然だし。
不満の総てを自分以外に向ければ考えずに済むから楽だよね。
苦しくても人の所為に出来る。
どこか理解してほしいポーズを見せながら真実は闇の底に蓋をしておどけた表面だけを見せる。
そして言うんだ「お前にはわからない」それが悪いなんて思わない。俺は不愉快だけど。
「俺は悪くないんだよ? 不可抗力や知り得ないこと、動けないことはあってもさ。なにも悪くないんだ。マサトもジークも鎮や伯父さんももちろん、俺も。納得できなくても、衝突したって、それは善悪じゃないんだ。悪いのは自分を曲げて、自分を責めたてることだ。マサトは変わりたいなんて望んでないならそれでいいじゃないか。今のままを望むんだろ? 変化に怯えるのは当たり前だろ?」
癇に障る言葉だったのかいやそうな表情。
マサトはわかっていない。
個人的なあり方がどうあれ、それは俺個人が悪いと断じるところではない。
だけど、
「レシート持ってこれないのは配分された予算内で処理しろ! 自己責任だろ! でなきゃ、持ち出しは当然なの!」
「悪くないって言っといてそれかぁ!」
「帳簿の管理してんだから俺にとってはこれを正しく完遂することは必須なの! 所属してる場所のルールを破るんなら、ばれないように出来なきゃ文句付けれて罰則くらって当然だろ?」
悪いなんて言ってない。
「そーだぞ。マサト」
事務所にふらっと戻ってきたハトと呼ばれてる30代半ばの男が俺の味方をしてくれる。
最初はレシートを入れ場に突っ込んでいくだけで会話もなかった。(今だって会話らしい会話はないが)多分、一番俺が役割を果たそうとする行動を見て認めてくれていた。
味方を表立ってしてくれたのには驚いたけど。
「わざと困らせるのはやめてやれ。チアキも自分で決めたんだろうから」
舌打ちしたマサトに苦笑を零すハト。状況が見えなくてイラつく。
マサトに睨まれる。むかつく。
「まだ」
まだ?
「踏み込みかけてるだけだからな。わざわざ入ってこようって心境がわからない。知らなくていいことってのは、存在するんだよ」
……。
そう、こういう『それがお前のためになる』って言うのが押し付けなんだよね。ただ、その心境が少しでもわかれば嫌なわけじゃない。
踏み込むな。進むな。
そう止めてくれてるのは嬉しいし、感謝すべきトコだと思う。
それでもうっすらと望まれるレールはその世界の影に踏み込みつつ知らずに済ませろというルート。
でも、欠片でも知った。不満を抱いた。
イヤならば、不満なら変えれるように動けばいい。
簡単に変えれるはずがないのはわかってる。方法なんかこれから模索だ。多分、鎮よりマサトの方がチョロいんじゃあとかも思う。
「じゃあ、知らなくていいことを隠し切れなかった不備を恨めば? 言ってるだろ? 俺はこのままはイヤなんだよ」
「味方も影響力もないくせに」
マサトの言葉に笑って見せる。
「でもさ、ハトは俺のかたをもってくれたよ?」
最初には有り得なかったろう味方だ。
変わらないのかもしれない。
でも未来なんて決まってなくて。
過去に囚われていてもしかたなくて。
俺はわざとらしい笑顔でうなずいて見せる。
「うん。まじめな態度と、餌付けって重要。食って大事だよね」
ハトの手にあったのはラップにくるまれた芋。
「こないだは泣かされた」
「ん~? ワサビ入りでも食べた? それとも唐辛子?」
ハトは笑って答えない。それでも餌付け効果と、他愛無い効果はあるんだと思う。
俺にとってすれば、これだけでも変化だ。
本質や、闇の部分は理解できないままかもしれない。
それでも全部が理解できないまま、見なかったことにするのは俺にとって、『俺が悪い』ことになるからイヤなんだ。
遠慮、立ち位置。
理解したくなかった。
手を差し伸べても突き放しても手ごたえなく変わりないモノなら知ってる。
それでもきっと変われるんじゃないかと思う。
変わらないモノだってあるのも普通だ。
過去は変わらない。
過去の責任はついてまわる。
それは捨てられない。
でも、俺がどーしよーもない責任はどーしよーもないんだ。
鎮も隆維もそれを引き受けたがる。理解できない。
「マサトはマサトでマサトの正義がある。俺は俺の正しいがある。それを納得できるように説明してくれて納得できたら、踏み込まずにいられるかもね」
言っててさ、それこそ踏み込むことだよねって思う。
事実ハトは笑ってる。
「勝手にしろ」
そう言ってそっぽを向くマサト。
これは、一応、俺の勝利かな?




