恭と鎮 夏の雑談時間 ②
恭視点。
内容は前回と重複となっております。
訪ねてきたのは鎮さん。合鍵を持ってるので何気なく開けたところをお出迎え。
「いらっしゃい。鎮さん。宗はウチの集まりに呼び出されてますよ」
「恭君はいいの?」
来るたびに案内するリビングへ誘導する。他愛ない会話。こちらの都合を伺う様が面倒くさい。駄目なら部屋に篭ってるし断る。
「ええ。僕が出る必要性はなくなった集まりですからね」
「ふぅん。有坂は?」
「学校でレポート未提出分作成のための勉強会(先生のボランティア付き)だそうですよ」
「自主参加かぁ。有坂、やる気出したんだ」
「アスカさんって方がミホさんを誘って、ミホさんが健を誘って健はアスカさん目当てで出席のようですね」
女狙いですね。明らかに。わかり易いったら。
「飛鳥ちゃん頑張るなぁ」
鎮さんの思考はすぐにそれがち。誘導して求める情報を引き出すのは一苦労。ただ、けっこう楽しいからいいんだけど。
「アイスティーでいいですか?」
「うん」
「それで紹介できるバイトは午前中三時間で五千円。後は能力給ですね」
「五千円かぁ」
「悪くないと思いますが?」
「どんなことすんのかなーって」
特に気にしてるわけでもないだろうに『とりあえず言うべきだ』と考えてるらしい言葉を口に出す。答えがなくても粘着はない。
「身内のコネバイトなので内容は聞いてません。無茶は金額分だと思いますけどね」
「じゃ、とりあえずのっとくー」
ほら、やっぱり。
「では、連絡をしておきますね。僕も紹介料発生です」
「うわっ。お手軽稼ぎだ」
「がんばってくださいね。僕の臨時収入に直結です」
さりげない雑談。鎮さんは身体スペック高め。意識がそれやすいという悪癖と自分の在り方の自信不足がなければかなりの有益存在。面倒なことに自分にだけ利益が落ちるのをよしとしない。自ら方向性を定めてるくせにどこかそれにすら自信がなく、揺らぐ。根底はあれど表層的な指示を欲している。その不安定さは宗が求める相手には不満だ。
ふわりふわりと鎮さんが特に問題がないと意識してチョイスしている言葉を紡いでいく。
そこに、引っかかりを感じる。
小さいとはいえない棘。
「待ってください。鎮さん」
「ん?」
返ってくる反応はどこまでも軽く、重要性があると認識してないことが取れる。
「そんなこといきなり言ったんですか? それ、ドン引きして当然ですよ?」
舌打ちしたいのを抑えて出来得る限り平坦に告げる。
ぐるり脳裏を流れる悪態を感じさせる必要性はない。
「え?」
ただし、鎮さん自身の認識の甘さはどうかと思う。
「『え?』じゃありません。えっじゃ。空さんとどこまでの前提でとお付き合いをされてるのか知りませんが、惚気として聞くにはドン引き重過ぎ内容が含まれすぎです」
何かがおかしい。どこがどこまでおかしいかよくわからないなりに気に入らない。この噛み合わない感じが気色悪い。
「どこまでの前提って」
カチンとくる。あえてなのか、無意識なのか。どこかで本質的な事実に行き着き難いよう反応がスイッチでも入るかのようにズレそれる。
「反応ポイントはそこですか? できればドン引き重過ぎに反応してください。しかも照れてないでください」
困ったような笑顔。顔を隠すように髪を軽く抑える。それは照れているのか困っているのか、こちらの反応をうかがって計算しているのかが判断がつかない。せっちゃんもおじい様も先入観はよくないと『人柄』情報は出し惜しむ。
「んー。ダメだったのかなぁ?」
本気でわかっていないのか話をそらせるためか揺らぐ言葉にいらだつ。不安定に人にすがる声だ。
知る限り、鎮さんは人に手を差し出して力を貸すのを厭う事はない。ついでに露骨にすがりはしない。助けを求めつつ、『声』にはしない。『声なき救い』それほどうっとおしいものはない。その上で、本気かどうかも定かではないのだ。人には庇護欲と優越感がある。そして人は多くのケースで認められることを好む。正しく作用させるなら『彼』はその誰かの欲求を満たすことができるし、進んでそう動くのではないかと想定される。言い換えればそこに付けこむ訳だ。『だから』指示されなければ、求められなければ道がわからない。普通なら、どこかに調整・誘導をする人員からの定期的な接触があってしかるべきだ。ただ、そういう接触は絶たれているようだった。だとしたら、環境を変えた手法が最悪だったと仮定できる。まぁ、すべてが救われるべきだなんて思いはしないけれど、宗が求めた相手だから。
一呼吸。
「重いってことはですね、空さんへの負担です。空さんは恋人であって、……母親役じゃないんです。総てを受け容れることは重い苦痛すら伴うんです。無自覚に優しさに縋っていくばかりだと相手の心をすり減らすんですよ。もちろん、それがたまらなく好きという性癖の方もおられますが、空さんはそうじゃないでしょう?」
できるだけ逃げ道を塞ぎながら説明していく。
家庭環境から『母』という存在に幻想を抱いていることも考えられるし。相手へのダメージを伝えれば鎮さんは誘導しやすい。
「うっ。うん……、それ良くない」
ん。ハマッた。
「ありがとうございます」
鎮さんは水羊羹を薄く掬い取って食べつつ首をかしげる。数があると伝えれば嬉しそうににっこり。人が、心細い時に無条件に『大丈夫』と手を差し伸べてきて、『不安なの』オーラと、『信頼してます』笑顔って人誑しだよなぁって思う。
「縋り過ぎかなぁ」
そして無自覚!
「それを決めるのがどこまでの前提でと聞いた根拠です」
だから、どこまでの前提でいるのか情報を開示しろと尋ねてるんだけど、答えが遠い。
「はい。先生」
軽く虚栄心がくすぐられて、心境は『誰だよこの調整したの』と叫びたくなる。ああ、うっとおしい。
「……先生になった覚えはありませんが?」
「いーじゃん。俺が楽だし」
ソファーにもたれて、クッションのカバーを整えてるのは無意識なのか。からりと無防備に笑われる。お互いに距離感と対応を探り合う。
別に対人構築における通常作業だけど、ちょっと特殊感がある。
「ですから、どこまで進展していて、どこまでのお付き合い予定なんですか? もし、空さんとの関係は一時的な遊びで別れる前提でと言われれば、ドン引きするかむしろ感心しますが」
ぴたり。
そんな表現がまさにぴったりに鎮さんの動きが止まる。
言葉を探すように数回開閉される口。ソファの端に埋められるクッション、落ち着きなくかきあげられる前髪。
「ない! ねーよ!! 別れるとかって考えたことないから!」
言い放ってから、ふっと不安げに視線がゆれる。
「ちゃんと付き合ってるってわかってからは、さ」
自信なさげな揺らいだ声。
「空さんが好きな人が他にできました。疲れました。って言ってきたら?」
びくりと身が引かれる。いや、そんなこの世の終わりみたいな表情しなくても……仮定の話、ですよ?
「い、言わねーもん。空はそんなこと言わねーよ。そりゃ、離れた方がいいのかなって思うことはあるけどさ。ヤダからできねーもん」
自信たっぷりに自分のだめっぷりを主張してる自覚ないでしょうアンタ!?
ああ、もう。
「おーこーさーまーですかっ! 未来は不確定です。それにIFですよ。もしもは想定しておくべきですよ。涙目になっても同情しませんからね」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
青空空ちゃん話題でお借りしております。




