8/25 千秋の朝2
じっとりしたシリアルを口に運ぶ。
もともとあんまり食欲はない。
時差ぼけ対策が効果をなさなかったせいだろう。
ぐるっと混ぜてミルクの甘さに渋い心境になる。
「おはよう。ちーちゃん」
「おはよ。みどり」
夏の制服に首を傾げれば「園芸部少し手伝ってるから」と返ってきた。
「ゼリー散歩行くよっ」
ざっくりトーストと牛乳を飲んだ芹香が声をかければ、あっさりゼリーが散歩カバンを咥えて尻尾を振っていた。
うん。
いってらっしゃい。
「トロちゃんと仲良しなんだよー」
宗一郎君とこのワンコね。
……。
オスじゃなかったっけ?
思い浮かぶのは黒い長毛種な犬。たぶん、レトリバー系の雑種だろうと思う。
去勢してあるのかな?
…………。
ゼリー、据え置いていた避妊処理してやらないとな。
「散歩に連れていっておいてあげるわ!」
芹香が俺に指を突きつける。人を指差すなって教え込んでるつもりなんだけどなー。
そのままラジオ体操?
「ゼリーも行く気だもんな。でもちゃんと、役場に出向く時間までには帰ってこいよ?」
すっぽかすなよ?
芹香と碧が出掛けたあとジークが戻ってきた。
「芹香と一緒じゃなくていいの?」
「ミツルきたからモンダイなし〜。オムレツ作って〜」
…………。
椅子に座って早く早くと催促するジーク。俺、朝飯食ってる最中だけどね。
しかたなく立ち上がって冷蔵庫に向かっているとザラザラとシリアルの音。
慌てて振り返った先には人の残りのシリアルにシリアルを追加して頬張るジーク。……呆れる。
「ソいえばサ。ヘアカラー似合うよ。少しライト入れたんだ?」
「正しくは、入れられた。試したい新色だったんだってさ。目立つんなら黒染めするだけだし、カットもしてくれるって言うからさ。ただ、二週間に一回ヘアチェックにアメリカ来い発言はスルーしたけどね」
赤と言うには薄暗く黒と言うには赤みが強く、茶髪と言うには明度が低い。染めたり脱色しなくても微妙な色むら。あまり好きな色ではない。
単色黒染めしても違和感少なめな地色だしね。もちろん、赤に流れても違和感は少ないと思うけどね。
「結局、三回に渡って遊ばれたよ」
めんどくさかったなぁと思いつつ、薄切りのジャガイモをさっと炒めてベーコンを足して塩コショウ。溶き卵を流し込む。
「赤がキレイに出てるって〜。ところで」
ん?
「このシリアル食感がっ」
俺用朝食にケチつけんな。
「でさ、きーて。聞いてー」
ジークは牛乳をコップに注ぎ、一匙砂糖を落として混ぜる。
「シーがさぁ」
鎮が〜?
「再会のキスしてくんなかったぁああ」
突っ伏し嘆く二十代前半男。
「男にキス拒否されて泣くな」
普通だから!
日本はスキンシップ薄めだと教えておいただろうが!
「軽いハグぐらいしかさせてくんないし、暑いって外されるんだ~。シーがシーが、つれないいいい」
ハグはさせてるんだ。
「チアキはハグもキスも好きじゃないしさー」
男としたいとはあまりおもわねーよ。
オムレツの皿をおくとゲンキンにもがばりと身体を起こす。
「オムレツ~」
嬉しげにいそいそとフォークを差し込む。さっきまでの落ち込みはどうした。
セロリを齧りつつ、嬉々として食べるジークを眺める。
「しかたないじゃん、シーっていったらスキンシップ派なイメージだしさ。拒否られるとは思ってなかったんだよ。もともと大人しかったしさー」
小声で「ヤマトナデシコー」とか聞こえる。鎮は男だ。なんか、庭の連中は誤解率高いんだよな。
「恋人が出来たしね」
ふらりとフォークが揺れる。
「エルザからきーてたけどさー。ジャマすんなって言われたけどジャマってなんだと思うー?」
「そっとしとけって言うことだろう? で、俺のむこうでの行動って鎮にどこまで筒抜け?」
フォークがぴたりと止まる。
むこうで会わなきゃいけなかったうちの半数が俺を『シー』と呼んだ。会いにくかった先生達も少し驚いたふうをちら見せしてたし。
ジークの薄い色彩の目がぱちりと瞬かれて、にこりと笑われた。
「業務上の守秘義務があるから内緒」
わざとらしい態度がむかつく。
「気に入らないんだけど?」
出来るだけ声を落として不満を伝えるように告げてみる。返ってきたのは軽い口調と態度。
「不満ならそれを踏みにじれるだけのパワーをモノにすればー? 今のチアキじゃ人脈も情報も、マネーも不足が多すぎだしー」
……ジークのクセに生意気な!
「キニイラナイんなら、代案だしてくれないとムボーっていうしかないしー」
「わかってる。グリフ義兄さんにも言われた。でも、鎮のことも、アリアのことも気に入らないんだ」
「ん~。それがさぁ。チアキがそれがイヤなら、感情だけで動くなよ?」
……。
「代案考えろっていうんだろ?」
「あの場所で『悪』を決めるのは無理だぜ? チアキにとって正しくなくても、それが『救い』になっている者からすればそれを廃絶しようとするチアキが『悪』になりかねないぞ~」
善悪が、状況によって変わるのは確かだけど、嫌なものはイヤだ。
口の中にセロリの青臭さが広がる。
「忠告感謝するよ。コレもどーせ伝えるんだろ? やり方を思いつくまでは揉めるより保留するさ」
使用済みの食器を集めて流しに持っていく。返事は求めない。答えないから。
「コーヒーは?」
「ん~。ミルク~」




