七月末のどっか3
「そら?」
こめかみに目立たないようにキスを落とす。愛おしさが重なってマーキングを繰り返してもしたりない。
アドレスも消す?って聞いたら空が瞬間、フリーズした。
スマホの連絡先を操作する俺を見上げてわたわたとする。
『恋人が他の異性のアドレスを残してるのがイヤ』
何度か、聞いた意見。トーク番組とか週刊誌とかでも時々見聞きするし、『行き過ぎ』意見は多いけど、そこへ至るまでの不安を与えるんならそれはイヤだから事前に消去がすっきりする気がする。
空はそこまで思ってないのはなんとなくわかる。今だって衝撃を受けたかのように固まってたし、慌ててるし。
「えっ!? ……わたし、そ、そんなつもりじゃ……」
「でも……」
空に嫌な思いをさせたくはないんだけど?
「私の……前じゃ、なかったら……いいのっ」
えっと?
だって、いつ目にするかわからないなら元から絶っておく方がよくね?
だから、コンビニで現像すんのも風景だけにしてるし?
「んー。タイミングってわかんないトコあるから消すのが早いかと思ったんだ。とりあえず、ミツルにはあとで釘刺しとく」
「ミツル、さん?」
空がきょとんと首をかしげる。
ぱっと赤くなる空に俺も首をかしげる。
「ミツルが、いないから気を抜いてるらしくってさ」
「え?」
「ん?」
あ!
「さっきのねーちゃんはミツル・グラッシュ。夏祭りの夜に会ったのはミツルマサト。別人な」
はぅううと困惑する空を引いて旧水族館へ帰る。
そっと、尋ねられる。
「ちゃんとわけて登録してあるの?」
上目遣いは相変わらず反則だと思う。あ、アドレスのこと?
「んー。空のアドレスと自宅アドレスと、念のために芹香のアドレス残ってればいいかなぁって」
「アルバイト先のアドレスも消す気だったの?」
頷くと、「それはだめだよぅ」と可愛く注意された。
ラジオ体操や園芸部の水やりでちびっ子組は出かけてるし、今年の七末の水着コンは運営進行を旅館組合にお任せで進行した。
伯父さんがいないし、俺も受験生だしということらしい。
実際、旧水族館がどうこうじゃなく、日生家が人手不足でヤバい。
旧水族館の運営(ライフセーバーの人たち優先の休憩所)は総督(伯父さんによる根回し済み)が三春さんや志狼さんを引き連れて回してくれてるが(三春さんと志狼さんちょー兄弟仲悪い)それはオフィシャル部分だし、あんまり外部に干渉されたくないプライベート部分も広いし、掃除と洗濯と普段の料理の準備(シアちゃんとゼリー、ミラちゃん、若葉に碧、千鶴ちゃんの分だ)でけっこう時間が取られる。さーやちゃんも手伝ってくれるけど、芹香や母さんほどは迷惑じゃないレベル。ランバートにいさんは基本ノータッチ。
伯父さんの掃除好き料理好きが半端なかったとしみじみ思う。別に家事は嫌いじゃ、ないんだけどね。
悪の秘密結社の秘密基地をコンセプトに改装された旧水族館はけっこう部屋数があったりする。使ってる部分は少ないけど、設備は詰め込まれてたりするのだ。今思えば無駄な設備というか、未使用設備もやたら多い。おかげでいろんなものに触れる機会はあったけど。
使わない部屋は閉め切っておけばいいって言われてるけど、設備とかたまに通電させないと逆に壊れやすいものもあって、そっちは若葉がメンテナンスを受け持ってくれてる。一番は水槽とか、かなとは思う。でも週一清掃でなんとかなる。
それはともかく、今の問題は、
「屋根のある場所に干すべきか?」
洗濯物を運びながら呟く。
「予報では大丈夫って言ってたよ?」
空との朝デート続き。それが家事デートになっちゃったんだよなぁ。
なんか、違う感はあるんだけど空は楽しそう?
ちゃんと室内干し専用スペースも完備されている。でも晴れるんなら。
「じゃあ屋上干しでいっかー」
今回の洗濯物はタオル系とシャツ系。まぁ、下着の類は基本室内干し場に干す。
あんまり、気にしてなかったんだけど、千鶴ちゃんが一緒に下着を洗って俺がそのまま干す。という流れに拒否を示したということがあって、『下着は男女別目の届かないスペースに干す』というルールができた。
何かと洗濯機会の多い芹香以下みあのあの下着は普通に洗ってたけどな。
「隆維や涼維と千秋がいないと家事が追いつかねぇや」
パンっと勢い良くシーツを広げる。
「空はさぁ」
「うん」
「俺が誰かとキスしてんの見るのヤなんだよな」
「……うん」
「見てなかったらいいの?」
そこが少し不思議だったんだ。それでいいのって?
「だって、鎮君には挨拶、……だよね」
手渡された次のタオルケットと洗濯バサミを受け取る。
うん。まぁそうなんだけど。
「空が嫌ならしないよ?」
空が特別で大事だから。空の気持ちを大事にしたいんだ。
「ぁー。聞かなくても気持ちを理解できたらいいのにって思う。俺、そっち系苦手だしさ」
少しイラつく。うまく考えをまとめれない、対応できていない自分に。
説明、と言うか、話をしたいと小梅センセに聞いてもらったのにうまくとっかかりを引き出せない。
「鎮君?」
「うん……。うまく説明できないというか、うん。俺がわからない理由?」
ひとつ呼吸。
引っ掛けて伸ばす。
「遺伝的にもさ、俺の父親はサイテーな人殺しだし、母さんの方も面白い繰り返し、えっと、知らないはずの親と近い人生を歩むと言う意味では、いいサンプルだったって言われてたかな?」
そう、だから。
「俺は観察サンプルとして優秀って褒められて、褒めてもらえるのが嬉しかったんだよねー」
屋上から見える海と空は青い。落ち着いて思ったことを紡ぐ事の助けになってくれる。
庭の研究所に所属する人たちにとってはすべてがサンプルだった。
そう。
「心なんか、俺としての存在はイラナイって言われても、代用品でも、よかったんだ。少しでも、見てもらえたら」
言われたコトを守って成果を出せば褒められて嬉しかった。関心を向けてもらえるのが嬉しかった。
だから、
「そうでなきゃいけない状況を崩すのはダメなんだ」
なのに……
「俺は、いきなり自分で自分の求めを示せって言われてもわからなかった。でも、それを示すコトが求められてるコトでさぁ。理解できないんだ。ただただわからなくなる。だからさ、空が欲しいって俺にはわからなくて怖いけど、俺にとって、空が特別で大事だからってコトだと思うんだ」
あー。こう言うコト言われても困る、よなぁ。
「んと、細かいコトは置いといてさ」
最後の一枚を洗濯ばさみで落ちないように留めてから空の方を向く。
前なんかどーでもいいと思うんだけど、それでも引き摺っちまう。でも、大事なのはさ、
「空が俺にとって特別だってはな、し……。そら?」
ぎゅっと抱きしめられて嬉しい。でも、なんかさっき泣きそうじゃなかった?
未遂とはいえ、事故のフラッシュバック?
「空?」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
青空空ちゃん
『うろな2代目業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n0460cb/
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
より小梅先生(回想ちら)
お借りいたしました。




