7/16 スキンシップ
「たく、ふざけんなよ。ちゃんと病院にいかずに応急処置だけで済ませていいと思ってんのかよ」
「ん~。エルザがいいって言ってるんなら大丈夫だよ。傷も深くはなかったみたいだし」
のんきな鎮の言葉に腹が立つ。
「女の子なんだぞ! 傷が残ったらどうすんだよ。本人、かっこいい! とか言い出しかねないんだから気をつけてやらないと」
「でも、バート兄も確認してるしさ、心配しすぎ」
イラッとする。
「千秋」
呼ばれて顔を上げる。
機嫌のいい笑顔。そりゃ最近空ねぇとどこまでか知らないけど、うまくいってるらしいしさ。
「きっと、うまくいくと思うんだ。俺のことは嫌いでいいからさ、……芹香のことは見ててやって」
とっさのことに言葉が出ない。
だれが誰を嫌い?
そっとためらいがちに動く指先が髪を掬う。
「愛してるよ。千秋」
髪に落とされるキス。
何しやがんの。こいつ?
動きが止まる。
そりゃスキンシップ好きは知ってたけどさ、日本に来て「あんまりするもんじゃない」って言われてちらちら様子見つつ、しないようにしていってたのも、隆維と涼維が周りの目を気にせずにべたべた甘ったるくじゃれあうのを羨ましそうにしてたのも知ってるさ。だから特に気兼ねなくスキンシップできるチビどもをかまう方に傾いてたのだって気がついてる。
嫌いでもって、遠まわしの嫌がらせか? いやがらなのか?
「でさ、洗濯当番と食事当番は俺として掃除当番の範囲分担どうする? 帰ってくるまでの管理運営の基礎代行はさ、総督がやってくれるらしいし、提供料理は基本、三春さんがみてくれるらしいのと、料理部どうするかだってさ」
こっちが突っ込みを思いつく前に話題をいきなり変えるんじゃねぇ!
「千秋?」
これ、このパターン、もしかして今までなら隆維のツッコミが入ってたパターンじゃね?
思った以上にチビどもに助けられていたのか? むぅ。
それにしても返事が期待されてない流れだよな? むかつく。
「え?」
「だから、分担と料理部。隆維と涼維いないしさ。ミラちゃんは手伝ってくれるだろうし、あ、千秋のバイトの都合もあるだろ? できればARIKAも手伝いたいしさ」
わかんなくはないけど。
「……鎮。受験勉強は?」
「ちゃんと組み込む」
まぁやるんだろうけど。バイト時間削る気かな?
「夏休みは芹香が目の届く範囲にいるんならバイトは都合がつくって。空ねぇとの時間へらねぇ?」
途端、ちらちらとはにかんだように視線が逸らされる。
うん。同じ顔にやられると心境は微妙だ。だから惚気モードに入るな。
「大丈夫。一緒に勉強するから」
ん?
「千秋兄! ゼリーが眠そうよ!」
ん?
いや、もうじき夜の散歩時間だからまだ、寝たがらないと。
「じゃあ、散歩連れて行ってから寝かせるよ」
「え? じゃあ、私もついてく」
芹香、妙に必死なんだけど?
そっとゼリーを受け取りながら耳元に囁く。
「鎮にホラーでも聞かされた?」
ぴきりと一瞬、固まる。うん。わかりやすい。
「帰ってきたら、拭く布と水の準備よろしく~」
頷く芹香。今日は部屋に泊まりにくるみたいだ。
「鎮、麻衣子ちゃんたちに方針は聞いとくよ」
「ん~」
適度に浜を走らせつつ、ついでのゴミ拾い。
気がつけばゼリーも手伝ってくれるようになっていて、その姿は愛しい。
欠けはじめた月を見上げ、少し海風に身を任せる。
「やっぱりいろいろと伏せられてる、よなぁ」
頼りないんだろうか、なんてことを思うわけじゃない。
ただ確かに直面しなければ咄嗟の対応ができるわけもなく。
鎮も隆維と同じように思いもしない発想思考の持ち主だといことを忘れていたんだ。
傍観する側に回ってたことが多いことを少し後悔する。
これからとも思うけれど、これからがどこまであるのか、そこは不安に駆られる。
俺が帰ったころにはどこにも血痕は落ちてなかった。
夏祭りの翌日。
朝食の席に芹香はまだ眠っているからといなくて。
年少組のいない食事が意外と寂しいことに気がついた。
「週末あたりにメールでも送ってみるかぁ」
空ねぇに向けてのスキンシップはナチュラルに過多。
聞けば否定する。
二人の様子を見ていたら、鎮が空ねぇをきゅっと抱き込んだ。
「やらしい目で見るなよ?」
ああ、あの時も絶句して固まったさ。
ちゃんと、空ねぇはタイプ外だって言ってるだろうが!
しかも本人のいる前でそんなネタ振りやがって!
「くぅ?」
ゼリーを見下ろして撫でる。
「帰るぞ」
声に嬉しげに尾を振るゼリー。
月と海がただ俺達を見守っている。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より空ちゃんちらり(回想・話題)




