7/5 夏祭りの夜 【二人の時間】
書斎から少し離れた資料室に付随している仮眠室。
今の状況で千秋と対応するのはキツイ気がしてこっちを選んだ。
秘密基地っぽくをコンセプトにしてある旧水族館はいろんな隠し部屋やそれっぽく作られた内装の部屋がある。実際にそう使うことが可能なくらいの設備もそっと設置してある。
この部屋に空を連れ込んだけど、話って何を話していいのかわからない。
傷つけようとした。違う、殺そうとして、空を、空の今を、これからをひとりじめしようとした。身勝手な欲求。
それでも、空は俺が必要と言ってくれて。
ミツルに言われなくても俺が間違ってるコトも綺麗になれないコトも知っている。わかっている。
「空。俺ってダメだと思う。どうしてイイかわからないし、あの時、空をひとりじめしてるのが嬉しかったんだ。どっかで喜んでたんだ」
肩あたりにぽふりと感じる空の感触。近い髪のにおい。
「何もわからなくなる。空に対する対応もセリに対する対応もわかんねぇんだ」
泣かせたくない。悲しませたくない。苦しめたくなんかないのに俺の行動は結局そっちの方向を向いていて。
「それでもさ、その時見える空の表情が嬉しいんだ。きっと、他の誰かが見たことのない表情を独り占めしてると思うと、嬉しいんだ」
ちょっと自嘲がもれる。
「そーいうとこを喜んでる自分がいると思うとすっげーイヤ。空を大事にしたいはずなのに傷つけて喜んでる俺自身がイヤ。そんな俺が空のそばにいるのが俺がイヤ」
ぎゅっと軽い圧力。そのままベッドに腰掛ける。
「それでも、それでも、しずめくんがいいの。鎮君だけなの!」
そう言ってくれる空が愛おしい。そこは間違いなくて。
「そんなふうに必死に伝えてくれる空がすごく嬉しいんだ。こんな空を知ってるの、きっと俺だけじゃないかと思うから。な? 俺、酷いだろ? もう、会えない『おやすみなさい』の意味なんてホントはわかってたはずなのに、気がつきたくなかったんだ。いくら『ありがとう』と言われても事実は変わらないんだ。イケナイことだって判断できる俺もいて、正しいことをしたと感じてる俺もいるんだ。ねぇ、空、俺はどっちを選べばいい? どっちの感覚もさ、空のことは好きなんだ。見ていたい俺と、見せたくない俺がいるんだ」
空は可愛くてキレイ。
だから見ていたい。
俺のだから見せたくない。
空が笑ってるのを見るのも辛そうな表情で俺を見てくるのも好きなんだ。
「だからこそ俺はやっぱり俺が嫌いなんだ。だって自分が誰かを傷つけることしかできないなんてイヤだから。好きになんかなれない」
ぎゅっと抱きしめる。
「空を傷つけるようなことは無理だって、俺は信じてたかった。それも幻想で、空を抑えて見下ろして喜んでた俺がいたんだ。母さんが、思い出すのも仕方ないよな」
本当にこの手を離すべきなんだ。傷つけるしかできないんだから。
「鎮君が鎮君を嫌いでもいいよ。その分、私が鎮君を好きでいるから。私の……鎮君、だよね? 私は、鎮君のだもん。だから……鎮君は私の、だよね?」
あ。
「鎮君は鎮君なの。少し、驚いたけど、鎮君に傷つけられたなんて思ってないよ」
黒い瞳がじっと俺を見ている。
その瞳に写る赤は罪の色。緑は嫉妬。
って、
「空。だって、殺しかけたんだ。それは本当なんだ!」
傷つけてないなんて言えるはずがない。
失いかけたのは確かなんだ。
音にすると何かががつりと削れた気がする。それでも。
「そう、殺しかけたんだ! 独り占めしたい。なんて身勝手さでだ。傷つけてないなんて言えるはずがないじゃないか!」
「ちゃんとみて? ここに今、生きてるんだよ。鎮君と一緒にいるんだよ。それにね、私嬉しいの」
「嬉しい?」
「独り占めしたいって、……好きって、傷つけたくないって大切って嬉しいの」
「空……」
「キレイじゃなくてもいいの。関係ないの。鎮君が鎮君でそこにいてくれたらいいの。そばにいたい。キレイって大切って守られてるだけはいやなの。一緒にいたいんだよ?」
こぼれる涙も見つめてくる瞳もとてもとても魅惑的。
「大丈夫。しずめくんは私を傷つけてないよ。それにもう、傷つけたくないなら、ねぇ、はなれてしまわないで? 鎮君のでいたいの。私ので、いて欲しいの。好きってすっごく、ワガママなものなんだよ? 鎮君だけ……逃げちゃうのはずるいよ」
「ずるぃ?」
「そう。鎮君はズルイの。笑顔もキスも全部不意打ちでいつだって敵わないんだからずるいよ」
「キスは不意打ちかなぁ。でも空だって不意打ち多いけど?」
心臓が止まるかって表情や仕草発言、捉えきれない全部が欲しい。
俺のだと思う。俺のものだからこそ傷つけたくないと考えたはずなのに大切にしたいのに。
欲しいと思うのはイケナイことなんだ。
死を欲しがるのも、生きている理由を欲しがるのも必要のないことだから。
約束ひとつ守れない俺に欲しがる資格なんかないんだから。
「ねぇ、鎮君、今、私は鎮君の? それとも、いら、……なっい、の?」
慌てる。どうしたらいいのかわからないけど慌てる。
「ねぇ、おしえて?」
息を呑む。
痛い。空にこんなことを言わせるつもりはなかった。
ちがう。言わせたのは俺だ。
傷つけたんだ。
空を。
「空は、俺のだよ。空が一番好きだ。一番だと全部の中で一番のはずだったのにそれでも俺は俺を制御できなかったんだ」
だから殺しかけた。
「いいの。大丈夫だよ。それにね、鎮君。独り占めしたいって思われたの……嬉しかったんだよ?」
身体を、心を傷つけて、それでも、手を伸ばされて感じるそれは歓喜であり、うまく表現のできない優越感。
「触れてもいい?」
反応を確認する前に指先に口付け、髪に手を伸ばす。しっとりと乾いていないその重みを楽しむ。
「空がいれば、俺は俺でいられるかな? いつ、空のコトを傷つけてしまうかもわからない。でも、それをしたら、俺は俺を本当に許せないんだと思う」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より青空空ちゃんをお借りしております。




