7/5 夏祭りの夜 【半月の海】Ⅱ
「あーぁ。認識させたらかわいそうくね? お姫様」
「黙れ!」
夏だというのに心寒く冷えた場所に朗らかな笑い声。
「ミツル」
「あー。たまには性能チェック必要だろ? しずめちゃん」
ミツルはセリをやわらかく、それでもきっちりと拘束している。その手にはガラス片。
ガラス片に視線がきているのを確認して嗤う。
「上からの指示に従うのが俺ら下っ端なわけだよな?」
否定がないのを確認してニヤニヤと嗤う。
「どっちでもいいんだってさ。むしろ両方壊れればいいって感じでさ。いくらなんでも現状、お姫様にもしずめちゃんにもそれを覆すだけの影響力があるわけじゃないからなぁ。できるんならこれからだろ?」
息を吐く。
ガラス片が軽くセリの皮膚をなぞる。
「ハイ。しずめちゃん、うごかなーい。先代との約束だもんな。それとも守れなくなりたい? ハイ。いい子」
指示に従いつつ、鎮の視線はガラス片の動きを見つめる。
「……ど、どうして」
声をもらしたのは愛菜。
状況がどんどんとわからないほうに進んでいく。
ミツルはセリカの護衛だったはずなのだから。
「ん? だから上からの指示だよ。このぐらい切り抜けられない後継者がうまく動けるのかってさ。動けるに決まってるのにな」
同意を求めるように「な」と笑う。
「な~ぁ、しずめちゃん、惚れた女を認識しつつ、殺ろうとしたろ? 上っ面の鎖が解けて独占欲に溺れんのは気持ちよかったか? それともそれもなく排斥物としか認識できなかったか? 認識してたかと思ったんだけどねぇ」
どこまでもミツルは朗らかに鎮に理解を促す。
そして少し視線を下げて、セリカに問う。「止めようとは思わないのか」と。
「踏みとどまれたわ。それが大事なの。ねぇ、何がしたいの?」
「んー。指示はさ、片方か、どっちもか、壊せってことでさ、庭さんとしては壊れたものは当然、回収って考えてるし、今のこの会話も、お姫様には効果がなくてもしずめちゃんに耐えられるかは別、なんだよ?」
苦笑と共にミツルは続ける。
「ヒトがしてはいけないという禁忌感を持つのは本質的なものと周りによる教育がものを言う。その与えられた禁忌感が異なる世界はそれだけで異世界だ。この国で育った子供が何も知らぬまま戦場にスラムに落とされれば、異世界だと思わないか? 言葉が違う、文化が違うそれだけでもすり合わせは難易度が上がるのにな。でもさ、ヒトの社会にはある程度一定の禁忌感がある。人を殺してはいけません。この程度の禁忌感は自身の大切な者の命が掛かれば簡単に取れる。時として愛しいからこそ殺すんだって言う思考を持つのもいるけどな」
しみじみと言うたびにガラス片が小さく皮膚を引っかいていく。
「ああ、俺は、普通にヒトを殺すのは悪いことだと考える感覚が残ってたよ? 親父さんはそれをかわいそうにって言ってきてたっけ。なぁ、しずめちゃん、殺すことも、苦しみから解放されたおやすみなさい。も一緒なんだよ? だから、いまさら綺麗になんかなれないんだよ? いつまで理解できてないふりを続ける? それとも、道具でありたい? いつ、その手で沈黙させるかもわからない相手にただ縋りたい?」
びくりと震える手を見守る少女。伸ばしたくとも『助け』に動く時に邪魔になることを思えばその手をもって、抱きしめて『大丈夫』と伝えることができない。
もどかしくても動くことができない。
「しずめちゃんだって、今ここで行った認識に蓋をするのはたやすいだろう? でもさ、彼女が知っちゃったね。って、え? ちょっ」
急な芹香の動きに声を上げるミツル。
「そこまでに決まってるでしょ! ミツルもウザい!」
「セリ!」
悲鳴のように上げられる声。ガラス片は大きく少女を切り裂いていて。
「鎮も、そう、私を魔女として扱うんなら近づかないで。私の指示には従うんでしょ?」
流血を無視してびしりと指を突きつける。
「血が!」
「切ったんだから当たり前でしょ? 血ぐらい出るわよ! 離しなさい!」
勢いよく拘束から抜け出たセリはじろりとミツルをも睨む。
「私に治療を受けさせたいんなら家に帰るわよ! えっと、空ねぇも来て、くれる? 愛菜もね。そんなカッコで帰らせるわけにはいかないんですからねっ」
落ちる血に痛みを感じないわけでもないらしく時折眉を潜めながら言い放つ。
「なーぁ。お姫様、俺も?」
「あら、決まってるでしょ? 誰が指示出したのか、吐けなんていわないわ。いいからついてきなさい。鎮……兄。ちゃんと、連れてきてね? 空ねぇ」
ただ、少女に向ける眼差しにだけはかすかな怯えが含まれていた。
引き続き空ちゃんお借り中です




