7/5 夏祭りの夜 【半月の海】Ⅰ
気がついたら走っていた。
特に意味のない文字化けのようなメール。
『ティセリア』『venefica』
頭が痛い。
すべての音が消えて、向かわなくてはならない場所が浮かぶ。
家に向かってたはずで、一緒だったはずで、ついてたはずで、愛菜が芹香を傷つけるようなことはないはずで。
頭が痛い。
耳鳴りがする。
音が聞こえない。
早く、早く、確認しないと。
いつもみたいに『馬鹿じゃないの』と笑う小生意気な姿を。
むせこみ、呼吸を整えたセリがマナに手を伸ばす。
優しく甘く囁く声。
先にむかえ。自らの道を進め。迷いながらも行けと。
傷つけられてもその手を差し伸べるのも自由だとは思う。
それでも、いらないといわれてもセリを守らなければいけないんだよ?
『千秋を愛して』『小さな魔女を守る』
セシリアママとの『約束』
せめて片方は守らなきゃいけないんだ。
「セリ」
夜の浜辺。通りからは外れた視界の届きにくい場所。
半月の夜。
少女二人の空気が緩んだおりに降るのは温度のない呼び声。
「事故だもん」
少女の一人は何事もなかったと主張するように言い放つ。
「事故じゃない。マナはセリを殺そうとしたんだよ?」
冷めた声に揺らぎはなく、言葉は断定。
「事故よ。それにダメよ?」
小さな少女が主張する。それに返るのは安心させるかのような甘い笑顔。
「……傷つけたりなんかしないよ? マナは成功サンプルだしね。セリと一緒で大事なモノだよ」
ゆったり返る言葉に安心できる要素は含まれていない。
「愛菜はサンプルなんかじゃないわ!」
濡れたまま、少女は兄を見上げ、声を荒げる。
人間を人と見れていない兄の発言が少女をさいなむ。
「早く帰らないとね、風邪をひいてしまう」
「聞きなさいよ!」
耳を傾けない、心を開かない兄に届けられない言葉。
「聞いてるよ。セリ。でもね、マナはね、サンプルだから、許されるんだよ? 経過観測が必要だからね。ココで解体、する訳にはいかないだろう? 場所が悪いし、準備のあるところで無いとね」
返る聞き分けのない子供に言い聞かせるような優しい声。兄自身が紡いでいる言葉の意味をわかってるのかが少女にはわからない。
「それもダメよ。……ねぇ、鎮兄。空ねぇは?」
共にいるはずだった。
今日もデートだったはずなのだ。
さきに帰ると告げた私を見送って間をおかずに帰るからと。見送ってくれたんだ。
「……コレは空と関係ない問題だよね? セリに何か危ないことがあっちゃいけないんだよ?」
問いに答えは返らず、セリの苛立ちは増す。
「愛菜は人だわ」
問題のひとつを突きつける。人を人として見ろ。と。
「人でないことサンプルとしての存在意義をマナは選んだんだよ? 役に立ちたいって。サンプルのひとつとして役に立つことが、だから望み、なんだよね? 解体されたとしても花やDr.達の役に立ちたいんだよね?」
ゆっくりとその手がもう一人の少女、マナに向かう。
それまではそこにいながら観客に過ぎなかった少女。ゆっくりした動きながら近づくその手は少女から身じろぎと呼吸を奪う恐怖を呼ぶ。
触れる寸前にかくんと手が止まる。
背後から彼を抱きとめる腕。
「……っ、……だめっ……し、しずめくん!」
走ってきたのか、途切れ気味の言葉はそれでも必死さをにじませて。
必死の声とその抱きしめてくる腕に彼は不思議そうに首を傾げる。
「どうして、邪魔するの?」
「空ねぇ!」
セリが焦りを強めた声で止めに入った少女を呼ぶ。駆けつけようとしても動けない。振り返れば青年が嗤う。動くなと。耳元で囁く。「面白いだろう?」と。
セリがその言葉に硬直してしまった一瞬にも事態は進んでいく。
「セリに何かあっちゃいけないんだよ。ちゃんと守らなきゃ。ちゃんとできなきゃ、……空といられない……」
兄の言葉。
相対してる相手を認識してないとわかる言葉はセリを傷つける。
「愛菜! 鎮兄止めて!」
動きうる少女に向けてのキツイ言葉。それは同時に救いを求める声。そして兄にも。
「シズメ! ……ちゃんと、何に向かって何をしてるのか、見ろっ!」
動きうる少女マナが鎮を突き飛ばす。
しかしその力差が歴然とあり、少女の力では突き飛ばせはしなくて。それでも分散し緩んだ力。
海中から伸びる手が彼を抱きしめる。
「……そら?」
ぽかんと相手の名を呼ぶ。
手軽な排除手段として先ほどまで少女がとった手段を模倣して沈めかけていた相手の名前を。
左右の手と濡れた相手を見比べてわけがわからないという表情で。
無意識に邪魔を排除しなくてはいけないというただの作業だった。相手に気がついて分断されている意識が繋がっていく。
ひらめいたのは理解の色。
ばっと勢いをつけてそこから離れる。
「おれ」
その言葉だけがこぼれて鎮は動くことができなくなる。
「だいじょうぶだから。ね。こわがらないで」
濡れた少女は振り払われた事実に切なげに、それでも手を伸ばす。怯えないで、離れないで欲しいと伝えるかのように。
「そらを? やっぱり、だめ……」
「ダメじゃないの! 欲しいのは、守りたいのはなに?」
惑う兄を叱咤するかのような少女の声。
「だめだ。また空を」
「しずめくん!」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
青空空ちゃんお借りしております。




