夏祭りに行く前のひと時
「なんだか会う機会がなくて、ここで会えて嬉しいわ」
「お久しぶりです」
穏やかそうな少女は昨年水着コンテストの時に優しくしてくれたお嬢さん。
青空、空さんとおっしゃるの。
青空、という名前に聞き覚えがあって少し考えていたら思い出せたの。
「久喜おじい様のお友達がそういう苗字をお持ちでしたわ」
久喜おじい様は数年前に亡くなられた母方の祖父。
青空という苗字が子供の私には苗字に思えなくておじい様にいろいろ尋ねて困らせた。そんな記憶。
この再会は宗一郎さんの住んでらっしゃるマンションで。
名前を聞いてちゃんと思い出した。
天音さんが話題にする時は下の名前でおっしゃるから思い出せなくて。
頼りない記憶が恥ずかしい。
「浴衣に着替える前に軽く汗流したら? 飲み物の準備しとくしさ」
公志郎さんが提案してくださいます。
今日は、公志郎さんと迷うことなく夏祭りに行くために宗一郎さんの部屋で待ち合わせだったのです。
「私は着替え終わってますし、どうぞ。空さん」
「え?」
アメニティの状況はさなえさんが予備も含めて準備をしてたはずですし。宗一郎さんは設備を綺麗に使ってらっしゃいます。ほとんど乾いてるようですけれど、スカートの裾のあたりに濡れたあとがあります。今日もお天気がいいですものね。
「デートのお邪魔をしてしまいますけれど、おしゃべりができると嬉しいですわ」
宗一郎さんの私室ではなく来客用に空けている部屋に荷物を預かったりとシャワーをすすめます。
公志郎さんが飲み物を持ってきてくださいます。
「置いとくね。こっちはリビングで着替えてるから」
お手伝いしなくて大丈夫ですかと尋ねれば平気と笑われてその大人びたさまがどこか切なく感じるのです。
もともと私よりはるかにしっかりなさってるのですけど。
空さんは宗一郎さんや天音さんが懐いてらっしゃる日生さんのお家の鎮さんの恋人で。
お互いしか見えないと、寄り添うさまはとても初々しくてかわいらしいのです。
そして、年齢が近くてうらやましく思うのです。
それでも少し前までは和装をなさるときは手伝わせてくれたんですよ。とシャワーから出てきた空さんについ愚痴ります。
飲み物を飲んでいただきながらドライヤーのスイッチを入れます。癖のない黒髪はしっとりで。
「歳の近い方のほうがよくなってしまわれるんじゃないかと不安なんですわ」
公志郎さんに対して疑うことは不実かもしれません。それでも不安にかられてしまうのです。
「だから好きな方と歳も近くて、健やかな空さんが羨ましいんですの」
仕方がないとわかっていますけど、何かあった時おいて行ってしまうかも知れない自分が不甲斐なく不安で。それに在学中のように歳の近いお友達がそばにいるわけでもなくて寂しかったのかもしれません。
在学中のお友達にも公志郎さんの実年齢は伏せておしゃべりしてたのでよく別れた方がよいと言われました。これはたぶん、笑い話にしてもよいと思うのです。
「柊子さん、不安になるのは年齢じゃなくて、柊子さんが公志郎君を好きだからだと思うんです。公志郎君はちゃんと柊子さんを見てるじゃないですか」
「そ、そうかしら?」
ええと微笑む空さん。私も嬉しくて恥ずかしくて少し困ります。そんな中、お互いに浴衣の着付けがおかしくないかさらりと確認。
だって好きな人には綺麗に見て欲しいですものねと囁けば頬を染めながら頷いてくれました。
それでも、私は空さんが羨ましいの。
一人娘で公志郎さんは『堂島』に入ってくれるとなっていて。
それでも私は『私』の子供が抱ける可能性は少なくて。
公志郎さんと、誰かの『子供』を見ることができるのか、それとも私がいなくなったあとに公志郎さんが望む女性と、と思うとわかっていても切なくて。
「私はわがままね」
心配そうな空さんの手をきゅっと握る。
「いっそ、お薬も減って比較的元気な今、公志郎さんを襲ってしまおうかしらとか考えてしまうのは悪い女だと思うの。夏祭りの日はそういうジンクスがあるらしいと宇美さんも言ってらっしゃったし。空、さんは鎮さんと、どこまで? ……ぁ。やだ。ごめんなさい。私ったら」
つい夢中になって羞恥に染まる空さんに気がつかないなんて年上としてダメでしょう。話題としても少し走りすぎたと思えば私もぽうっとしてきますし。
「気遣いが足りませんでしたわね。反省しますわ」
「こっち着替え終わってるよー、柊子、まだー?」
公志郎さんの声に空さんを確認すると、こくりと頷いてくれます。まだ耳の先が赤く見えてかわいらしいのです。
「今、参りますね。公志郎さん。そちらは無事着替えられました?」
「うん、だいじょーぶって! ちょ、ちょっと待て柊子。何しやがる!」
穏やかな声が軽く荒くなる。
「え?!」
鎮さんが何か驚く声。
くすくすと小さく笑う声が続いて。
「柊子さん、空さん。大丈夫ですよ」
そっと覗けば公志郎さんの浴衣が崩れていて。鎮さんの方もそうのようなのですけれど、そちらには余り目をやりません。
ゆるゆると手招きをされます。
「信じられねぇ。問題なく着れてたんだしすぐ直せるし!」
伸びた手が止まります。
「お手伝い、いりませんか?」
「え?」
きょとんとした公志郎さんの表情からさぁっと怒りが消えて軽く赤くなる。
「ほんとにちゃんと自分でも着れるんだからな」
そのまま手直しがしやすいように任せてくださいます。
横で、特になんの反応もなく空さんに直してもらっていた鎮さんが唐突に動きました。
「空、すっごくかわいい」
「し、鎮君、まっ、まって、おび、ゆ、ゆかたがっ」
「出かける前に軽く食べておいた方がいいでしょう。準備してきますね」
「恭、最悪」
公志郎さんが恭一郎さんを睨みながらぼやきます。
ごめんなさい。公志郎さん、柊子は嬉しかったです。
でも。少し、目のやり場に困るのです。
大丈夫です。空さん、ちゃんと見てません!
でも、羨ましいのです。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より青空空さん。
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
よりお二人のきっかけとなった出来事をジンクス扱いに。
お借りしております。




