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URONA・あ・らかると  作者: とにあ
2014夏
532/823

6/19 対話

 

 千遥ちはるさんと待ち合わせたのはアニマルクリニック。

 宇美ちゃんをからかいつつ信広君に視線を送る。幸せにしてやれよーって感じだ。

 まぁ、宇美ちゃん反応は少ないけどね。

「やっほー。のぶ君元気〜?」

 千遥さんちで犬か猫を飼おうか悩んでるらしいのでそのまま隣のペットショップに流れる。


「なんか、企み中だってー?」

「うん。ちょっとね。向こうとも話し合っていいんじゃないかって言われてるし、ちょっと強引でもイイかなぁって思ってるの」

 たわいない会話。あっちゃんやあーちゃんほど、否定する気はないし、ここでストッパーになれるならそのほうがいい。

「内容は?」

「そこまでは秘密。でも、なんとかできるんなら何とかしたいから」

「そっかぁ。暁くんやあーやちゃんとも仲良くしたいし、たぶん、父さんやおじいちゃんも手を出したいんだと思うの」

「だから何度も言ってるように簡単に言わないでよ」

 何時もの話題になりかけたあたりでペットショップを出て、公園へむかう。イラついて動物のそばってよくないから。


「簡単じゃないのかなぁ」

「簡単なわけないでしょう? 私たちだって、母親が恋しくなかったわけじゃないの。日生のお母さんは望んで私たちを子供にしたって言ってくれてたわ。実の母のコトだって事情があって育てられない判断をしただけで会いに来るかもって言われてた。今思えば、そんな希望はいらなかったな。最初っから憎めれば良かった」

 千遥さんが複雑な表情になっていた。困ってるのはこっちなんだけどなぁ。

「基本的には幸せだったの。ちゃんとね。したいコトは条件はついたけど、なんだってトライさせてくれたしね。特撮の子役のオーディションとか、海外留学とかね。海外とはあんまり相性が良くないんだろうね。あっちゃんもあーやちゃんもさ。ある意味、母親と同じ失敗にはまってるんだものね」

「同じ、失敗……」

 千遥さんが呟く。

 そう、あっちゃんとあーやちゃんの失敗。

「だからね。二人とも同じコトをしたくなくて同じコトをしたの」

 物理的に捨てるコトだけが捨てるコトになるわけじゃないのに。

「特にね、あーやちゃんは自分で育てられるわけがないじゃない? 当時、十五歳で十六歳にもなってなかったんだから。しかも海外。頼れる大人はいない状況でよ?」

 あーやちゃんは連絡をどこにも回さなかったし、お母さんは英語がダメだ。

 その上、暫く音信不通になったしね。

 むこうからは時々、メールが来ててそれだけがつながりだった一時期。

 変に行動力のあるあっちゃんとあーやちゃんで困る。

「実際、手放さなかっただけで養育は放棄してたんだと思うわ。今と一緒ね。ねぇ、助けてくれるんならこの時期が良かったんじゃないかしら?」

 あーやちゃんが手放さないコトにこだわったのは自分が手放されていたから。

 誰も手を差し伸べてくれないと、真実は見えないし、見える事実はいやなものばかり。この時に負った傷が深すぎて。そして、息子たちが成長する毎に、子供たちは知りもしない父親の罪を重ねていく。それに気がついて受け入れているのは鎮。千秋は、あーやちゃんにそこまで関心がない。

 結局犠牲になるのは抵抗をする術を持たない者だ。

 あっちゃんも似たようなもの。

 不本意な関係。納得できないままの婚姻。母を捨てた父のようになりたくないが故の心伴わぬ関係。

 ゆっくりとほだされたのか、その気質から子供達を守るためなのか。そのくせ、自分の子供に手を差し出せない。

 せっかく生きて帰ってきたのに。記憶の欠落が嘘でも本当でもイイ。帰ってきたコトが事実だというのに。


「会ったこともない親の存在に結局、影響受けてるんだよね」


 二人がその問題に直面したのは十代で、まだ方向性も視野も広いとは言いがたいころ。

 十代半ばの少女の判断力に、大学に入る頃の少年の判断力と対応力に。どれほどを期待するんだろう。

 しかも、父母観の偏った子供だった。

 あっちゃんも、『本当の両親』に会ってみたかったんだと思う。

 だから、家の中で転がっていた手紙から、この町を訪ねて『母』を探したんだと思う。一目見たかっただけなのか、文句を言いたかったのかは知らない。あっちゃんだから、たぶん、見てみたかったんだろうと思う。

 そして知ったのは数ヶ月前に亡くなっていたという事実。

 数年じゃなくて数ヶ月。変わらないかもしれないけど違ったんじゃないかと思う。

 そして、実父の人が亡くなったのもこの時期だったらしい。

 二人が再会できてたら迎えに、とは言わなくても会いにきてくれてた?

 そんな夢をもつ情報。それでもそこに微かな救いがある。知らないからこそ夢をみてられる。

 そして、希望も絶望も諦めも、子供達に影を落とす。

 今の子供たちに救いになる要素が少なすぎる。知ってしまった情報に中に少しでも救いがあればいいのに。正しく、手を差し伸べるには私は弱いのだ。

 悩んでいる千遥さんに言っておく。

「子供たちに母親を裏切れなんて言わないでしょ?」

 あーやちゃんはそう受け止めるだろう。

「そうなっちゃう?」

 希望をつなげたそうな千遥さんには悪いけれど、間違いなくそうなる。

「千秋は、大丈夫な気もするけど、鎮と芹香は傷が大きくなると思うし」

 鎮はどんな理不尽でも大人しく受け入れてるし、芹香はまだ母親が恋しい年頃だし。

 千遥さんがため息をこぼす。

「やっぱり無理かぁ~」

「子供たちに影響が大きいのよ」

「千秋君は大丈夫なのに?」

 ああ。千秋は。

「あの子にとって母親はあーやちゃんじゃないから」

 それにあの子は自分が愛されてることを自覚してる。だから与えられる愛情が減れば機嫌が悪くなる。自分の正しさを信じるかたくなさは遺伝かなぁ。

「本人は気に食わないって反応しそうだけど、千秋は守られてるの。いろいろとね。知らなくていいことを知らないでいられるって、愛されてるんだと思うんだけど、きっと千秋はわからないんじゃないかしら?」

 伏せられた情報に気がつくのはとても難しいし、千秋は自覚はないけれど守られることになれてるから。

 ああ。そうだ。

「だから、千遥さんは愛されてたんだと思うわ。傷つけると思って言わなかったんだと思うから」


 真実を知らせておくことが愛?

 それとも、

 真実が辛いからと伏せてしまうのが愛?


 両方が等しく愛なのなら、いなくなってしまった人にぶつけるすべはなくて。


 それを受け取ることだけが正しいとばかりにぶつけられるととても困ることになるの。

 手を伸ばせないから会いに来なかった。

 千晶かあさんの愛の形だったんだと思える。

 でも、それを納得しろと強要されるのはいくつになっても辛い。

 どこか納得できないままだから。


「面白くないと思う。でもね。私も聞いてることは事実の一部で正しい状況はわからないの。下手な動きを取れないの。千遥さんだって、自分の子供たちは大事よね?」


 千遥さんの苦い笑顔。

「ごめんね。いやなこと言わせちゃったわね」

「ううん。考えをまとめるのに助かったから」


 そこはそう思えるの。いやなものばかりじゃないって。




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