6/12 雨の日の回想
暗い話です
葬儀はひっそりと行われることになっていた。
その時わたしは後悔してた。
もっと、強く言っていればよかった。
『あの男はきっと、お父さんと一緒だよ』って。
姉さんはお父さんからわたしを守るために、逃げ出した。
別の引取先は嫌で、最初は問題も起こしてた気がする。
やっと落ち着いたのがお母さんのところ。
人数は少なくても同じような場所だった。
それでも居心地は良くて、兄妹たちと仲良くなった。
一番上の兄というのが連れてきたのが鎮と千秋。弟かと思ったら、甥だと紹介された。
一番上の姉の子だと。
わたしと同じ小学三年生。
二十代半ばの暁兄。少し不思議だった。
千秋は気ままわがままな悪戯好きで。
鎮はその二歩くらい後ろをついて回っていた。
千秋が周りを見てなくても、鎮が転んだ子を助けたり、遅れた子に手を貸したりして不自由なく遊べるようにしていた。
ただ、鎮は何か意地悪をされても、特に反抗しないし、ニコニコしてるから兄さんや姉さんたちは心配そうだった。
千秋の方は自主的に報復に出るのでやりすぎが心配されてた。
あの家の兄さんや姉さんたちは小さい子は『嫌なコト』を知らなくてイイよって暗黙の了解があった。
いつか知るかもしれない。もう知ってるかもしれない。
なら今は知らないで優しい家庭だと幸せだと錯覚しようとしている感じだ。
とても居心地のいい場所。
しーちゃんとちーちゃんと過した二年間。
ちーちゃんのトラブルもあったし、しーちゃんのトラブルも少しだけ波織ちゃんに聞いた。
ちーちゃんは一度も大阪に帰ってない。
しーちゃんは一回、波織ちゃんの死んだあと、帰ってきてる。
波織ちゃんがいい人ができたと紹介してくれた。最初はいい人だとおもった。
言葉で傷つけられても『機嫌が悪かっただけ』と笑う波織ちゃんが心配だった。最初一緒に住んでたけど、私だけ逃げ出した。後悔してる。後悔だけがやまない。
あれは梅雨のはじまりのころ。
梅雨の時期は嫌い。
中学校の制服でしーちゃんが波織ちゃんに最後のご挨拶。
『ごめんね』
そう聞こえた。
『いたかったよね。苦しかったよね。近かったのにそばにいてあげられなくて、手を握ってあげられなくてごめんね』
わかってる。
しーちゃんがそばに寄ろうものならしーちゃんだって怪我をした。危なかった。頭ではわかっている。
波織ちゃんは、波織おねえちゃんは大好きな弟を助けたかった。
気にしてたんだ。
『いいおにいちゃんにならなきゃ』『守れるヒトになれるように』ってしーちゃんに押し付けたこと。
期待に応えることに時々思いつめることを知っていたのに追い立てたことを。
だから、うまく自分から泣きつけないしーちゃんの助けにいくのは普通だったのはわかってる。
『代われればいいのにね』
どこか薄暗いなじみのある質の声。
慌てて障子を開けた。
突き飛ばして、記憶にないほど罵るまで時間はなかったと思う。
若葉にーちゃんや昌にーちゃんに止められるまで泣き喚いてた気がする。
だって、泣いてると思って、思いつめてると思って自傷とかしてたらだめだと思って、慌てたのに。
どうして、笑ってたの?
わたしが『許さない』って叫んでも笑ってた。
すごく優しく受け入れて、それが正しいんだって肯定された気分になって痛かった。
イヤだった。
だから叫んでた。他にもきっといっぱいひどいことを言ったんだ。
『絶対に許さない。楽に死ぬなんて選んじゃダメ。そんな簡単なの選んじゃダメなんだ。波織ちゃんと外を知ることのなかった葉月ちゃんの分も生きあがけばいいんだ!』
ぽかんとした表情を覚えてる。
許せなかった。
簡単に終わることを望む姿が、先を見出さない姿が腹立った。
外の空気を知りたかったであろう葉月ちゃん。
しーちゃんの、その心を救いたいと思った波織ちゃん。
それを気がつくことなく踏みにじられるのは耐えられなかった。
知らなかったかもしれない葉月ちゃんの存在を伝えて傷つけて許さないと刻んだ。
死にたくなんかなかったはずなんだ。
三人で暮らしていこうって話してたんだ。
日生の家族は家族だけど、わたしの血縁はおねえちゃんだけだったのに。
許さない。
絶対に許さない。
しーちゃんが楽になっていいのはさ、『幸せ』を本当に理解して、向けられた『想いの重さ』に向き合えた時だよね。
絶対、楽になることなんてゆるさない。
ああ、雨の日は嫌い。
ヒロタカのご両親の葬儀とかもあったから思い出しちゃってたな。
ミホを脅かしたのはちょっと不本意。
男なんかいらない。
誰かに頼りたくなんかない。




