6/10 雨模様(定時)
ふわりと香水の匂い。
横に座るのは真由子ねーさん。
「ミホちゃん、難しそうねぇ。だいじょうぶぅ?」
笑顔で返したつもりだけどかたかったっポイ。
心配そうな微笑が向けられる。
「小学生のころから健が好き。健だけ見てきた。追いつきたくてそばにいたくて触れてほしくて」
なのに、どうして?
「それなのに、ミホを見てくれない。今、健が飛鳥を目で追ってるのがイヤだ。飛鳥は健を見たりしないのに!」
それなのに、きっと健は飛鳥が好きだ。
そっと肩を抱かれる。軽くぽんぽんと振動がくる。
飛鳥は自分の、鎮と千秋との関係でいっぱいで健なんか見ていない。
それでなくても健はダメって言ってた。
健に『女の子』としてみてもらってるのに。ずるいよ。
ミホは健に『女の子』としてなんか見てもらえないし、千秋にだって『尊重すべき相手』としては見てもらえてない。飛鳥だって強引な『知人』としてしか見てないんじゃないかと思う。
ねぇ。
ミホが差し出す手は誰が取ってくれるの?
好きだよ。そのままでいいよって彼は言ってくれる。
でも彼に心はゆれない。
ゆれるのは罪悪感。
出先で健が他の女性と歩いてても気にならない。
健の心はそこにないから。
でもその女性たちに向ける眼差しとミホに向ける眼差し、何が違うのかと問われれば長く居たがゆえの愛着と、ミホが言いなりになるという確信。
健が望むならなんだって怖くない。
「思いつめちゃだめよぅ。少し距離をとっていい女になって見返すくらいじゃなきゃ」
「捨てられちゃう」
そんなのやだ。
「あらぁ」
困ったわねぇといいそうな声。
「女の子はあんまり安売りしちゃだめよぉ?」
でも捨てられたり口をきいってもらえなくなるのはイヤだ。
ひどいことを言われて、ぶたれたり、体を求められたり、お財布からお金を抜かれたりくらいは必要とされてる気がするから嬉しいのに。
「だあって」
ぼろぼろと涙が落ちる。
すぐ泣く女は健は嫌いなの。しつこくすがる女も嫌い。だから泣いちゃダメなの。
「健は特別なんて作らなかった。千秋とシズちゃんと妹ちゃんだけが特別の枠の中に入れてた。それなのに飛鳥が特別の目で見られてるのずるいよぉ」
「そうね。ずるいわねぇ。ぽっと現れて好きな人を盗っていっちゃう。それで自分はいらないのなんて酷いわよねぇ」
気がついてない。対象外。飛鳥は受け入れない。
健がそういう目を向けてるのに。
ミホが欲しくてたまらない物を差し出されてるのに粗末に扱う。
ひとしきり泣いてすんっと鼻をすする。
「飛鳥ちゃん嫌い?」
真由ねーさんが聞いてくる。
首を横に振る。
だって飛鳥は積極的に悪いわけじゃない。
ぬっと差し出されるのは濡れたハンカチ。
「目元、冷やしとけば?」
「へへ。ありがと。ほのちゃん」
受け取って目元を冷やす。泣いたからか熱をもった皮膚に気持ちがいい。
かさりと音が聞こえる。
「口、開けて」
ひな鳥のように口を開ければ、放り込まれる甘い味。
ころりと口の中を転がす。
「さぁ、帰りましょうか」
「はーい」
今日は最後の授業サボっちゃったなー。
そっと後ろからついてきてくれる様子に首を傾げる。
「ほのちゃん?」
「送る。雨だし時間も遅いから」
「もしかしたら先に帰った社長が車回してくれるかもー?」
「そしたらそこで別れるだけだし」
ころころ笑う真由ねーさんに少なめな言葉で返すほのちゃん。
いつもどおりの空気にちょっとほっとする。
「泣いちゃったのなんか、内緒なんだからね!」
「はいはい」
「誰か泣いてた?」
「かわいい女の子の涙をなんだと思ってんのーっ」
「どこに?」
ほのちゃんがむかつく。
殴ろうとしたミホを真由ねーさんが止めてた。
殴らせてっ!




