6/2 隆維
「千秋兄ー起きたんならごはん一緒に食べよー。エルザさんもー」
ドアをノックなしで開けて、目の前に広がる光景に数度目をしばたかせてみる。
うん。光景は変わらない。
白を基調にした隔離部屋。シングルベッド。引き倒されかけてるエルザさんの衣服は少々乱れぎみ。
千秋兄の手が彼女の腕を掴まえ引き寄せようとしているように見える。
……
んー。
…………
「それだけ、元気ならだいじょーぶだね。一勝負済んだら、ごはん食べた方がイイよ。じゃあ、気にせずゆっくり続きをどうぞ。お邪魔サマー」
パタンとドアを閉じる。
ドアの向こうでばたつく音が聞こえる。
間をあまり開けずに大きくドアが開く。
「つまんない誤解をわざとらしくするんじゃない!」
「あらー? ツマラナイ誤解なのぉ?」
「エルザ!」
うん。
元気そうで何よりー。
「勝負中じゃなかったの? ベッドでの」
「人生をかけた勝負かもしれないけど、俺だって相手は選ぶ!」
「失礼な言い草ねぇ」
俺の問いに千秋兄は吐き捨てエルザさんは極上のクリームをもらった猫みたいににんまりしてる。
「涼維は?」
「ん? 学校。朝の時点で微熱残ってたから俺はおやすみ」
千秋兄が動きを止める。
ご飯にいこうよ。
「今日、何曜?」
「月曜日」
「学校!」
「もうお昼だしー。体調不良で連絡済だから落ち着いてー」
慌てる千秋兄の腕を引く。気がついてなかったんだ。
「そう」
胸元を軽くおさえてほっとした声。
「起きて様子見をしてからじゃないとってゴドじーがいってたけどね」
ご飯食べたらメールしとこ。
「大丈夫ですヨ。Dr.とはお話を進めましたから」
どういうことだって言いたそうな視線で千秋兄がエルザさんを睨む。
だからさ。ごはん。
エルザさんは笑って食堂へいこうと俺を軽く押す。
「ちゃんと患者には治療説明していかないとダメだと思うけど?」
「そこは本職の仕事ね。私は間に入ってるだけ」
適当さに眉間にシワが寄ってしまう。
エルザさんに軽くつつかれる。
「隆維」
「ゼリーはさーやちゃんと女の子たちがちゃんと面倒みてたし、アリアはとーさんや鎮兄がなだめてたよ? 落ち着いてたっぽいけど、動揺しちゃうよね〜」
千秋兄の呼びかけにたぶん求めてそうな情報を流す。
納得したのか小さく頷く。
でも、アリアが動揺したのは鎮兄にじゃれつきを拒否された時だったな。その後、なんか話してたらしいけど話は聞こえなかったし、涼維の機嫌が悪くなってたからなー。
冷蔵庫からおかずを選ぶ。
あっためるか冷えたままでいいか悩む。
煮魚。お味噌汁。白ご飯。生卵。キュウリの浅漬け。
お味噌汁とご飯があったかければいいか。
「たまごのむのか?」
千秋兄がわけのわからないことを言う。
「たまごかけごはんだよ」
そう告げて醤油をそばに寄せる。
醤油と煮魚の煮汁どっちで味付けするか悩むなー。
千秋兄のチョイスは茶粥と根菜のスティックサラダ。
体、もつの?
「温野菜にしときなさいなー」
少し考えてその案を採用したらしい千秋兄がついでに俺の煮魚も持って行く。
さっさと火にかけ、野菜をレンジ用の器に移す。
熱すぎんのはイヤなんだけどなー。
「隆維、箸を齧らない」
「はーい」
いつもどおりの注意。
楽しそうにフルーツサンドをチョイスしたエルザさんがその様子を見守っている。
不意にこっちを見て笑われる。
「アリアを気にかけてくれてありがとうね」
「別に。家族に影響があるの嫌なだけだよ」
「家族? 弟さんが心配?」
「千秋兄も、当然、鎮兄もね」
当然のように排されたものを戻しておく。
グラスに注いだオレンジジュースにストローを差し込みながらエルザさんが笑う。
「ウチの家族に妙なちょっかいはやめてほしいし」
「あのね、シズメはうちの子よ?」
「今はウチの家族だよ。前なんか関係ないね」
じっとお互いに様子を窺う。
「難しいのよ?」
「あのさ。『絶対』なんてねぇんだよ? ありうる『絶対』はさ、いつか来る『死』。生きてるんだから難しくてもできないことはないと思うな」
条件を満たす時死んでもおかしくないと思ってた。
涼維をおいていくことも想定していた。
でも、そうはならなくて今がある。
「エルザさんはほんとはどうなってほしいの?」




