料理部四月第三週
「千佳ちゃん」
村瀬先輩に声をかけられる。
そのまま手招かれてまだ誰もいない調理室。
「千秋くんとケンカばっかりで気疲れしない?」
ふんわりした笑顔でざっくり切り込まれた。
「ぅ。だって」
「まぁ、マナイタっていう表現はどうかだけどね」
叫ぼうとして呼吸を整える。村瀬先輩の眼差しが静かだ。
「菊花ちゃんから聞いたんだけどね、とりあえず、まず初対面を謝っておいた方がいいかも?」
初対面?
「傘と、服ダメにしたんだよね?」
つっと脳裏を過ぎるのは秋雨の日。
おばあちゃんたちが眠るお墓参りの帰り道。
受験生には許されない失態。階段の上で『滑って』『落ちる』
それを、受け止めてくれたのは千秋先輩。そのときは名前も、同じお墓におまいりしていたことも知らなかったけど。
落ちて、動転して、お礼を言うよりヒドイ言葉をぶつけてたのは確かで、謝らなきゃって思った瞬間に『マナイタ』って言われて、捨て台詞を投げつけて場を離れたわけだから弁解のしようはない。絶対、あっちも悪いんだとは思うけど!
雪の降る日に遠縁だと聞いた。
それで、なぜ、距離をとられるのかがわからなかった。
あっちの家族から受ける拒絶がわからない。ただ、今まで存在を知らなかった遠縁だっていうだけなのに。
大人の都合なんか私達にはわかるはずもないのに。
そんなに仲たがいをしてた遠縁なのかと思った。
春休みに、一応の理由を教えてもらった。でも真実を知る人はお墓の下で。
どうして大叔母さんは子供を手放したんだろうって思う。
おじいちゃんは大叔母さんの子供を嫌ったり、受け入れなかったりするようなことはしないと思うのに。
でも、そんなのは私達には関係ないのに。
「千秋先輩だって悪いんです」
鎮先輩はそんな意地悪しないのに。
むぅっと少し頑なになってしまう。
「そうね。菊花ちゃんもらしくないって、千秋君のこと、心配してたわ。だから、千秋君が気に入らないって思ってるメインのネタである、初対面の印象を改善したほうがいいと思うの」
「はぁ?」
何言ってるの?
「具体的な物損と、どうもそのときの破損品がね、その日、はじめて使ったような物だったらしいの。千佳ちゃんだって買ったばかりのお気に入りがいきなりダメになったら、い・やよね?」
イヤだし、怪我をしないように受け止めてもらって、けんかを売った。そんな自分がちょっと、まずい気が込み上げてくる。
でも、謝ろうとするたびにそっけなく避けられて、ついケンカを売りなおしてしまう。
「だって」
「ごめんなさい。か、ありがとう。言ってみる気になれない?」
俯いてしまう私を下から覗き込んで、そっと手を握ってくれる。
「わかんないです。言おうと、思わないわけじゃないんだけど」
だけど!
「ああ、マナイタとか言われちゃうとカッときちゃうんだ?」
村瀬先輩に言われてうなずく。
「まぁ、むこうも刺々しいものねぇ。千秋君にも注意しておくわね。でも、それなりに気遣いなく付き合ってくれてると思えば悪くないかもね」
え?
「えぇええええ!」
それはちょっとイヤ!




