4/2 喧嘩をしよう
「おかえり〜」
パチリと驚く。
「千秋……」
帰ったら、千秋がいた。
そして、その脇から顔を出した少女。
エルザに写真を見せてもらってた少女。
「ありあ」
パッと表情が明るくなって笑う。千秋の横から抜け出して駆けてくる。
反射的に受け止めて抱きしめる。
「パパ!!」
抱きしめて重さや髪の感触を知る。
最後に見たのはまだ幼児だった。
嬉しげに擦り寄るアリアをそのままにしつつ、千秋を見る。
ソファーに寛いで俺の反応を観察する眼差し。膝にはゼリーとジェム。
アリアを抱きしめて軽く耳を塞ぐ。
「何連れ出してるんだよ」
エルザは何も言っていなかった。
言っていたのはアリアが会いたがっているコトと外に出るコトは向いてないコト。
だから、アリアが今ここにいるのがおかしい。
「アリアね! ジークのかわりにアミにごめんなさいなの!」
腕の中でアリアが主張する。
え?
見れば肩を竦める千秋。
「ちょっとね。ま、ジークの影響で電源は落としてた。メールは今確認中。心配させて悪かったよ」
「あ、海ねぇにって」
「ぅん。謝っといたよ?」
何か、ぎこちなさがあった気がするけどそっちもかな?
「むこうに行ってたんだ」
「そ。だから今アリアがいる。あそこからは黙って連れ出して事後承諾だけどね」
え?
事後、承諾?
「睨まないの。グリフ兄に手配してもらってるし、迎えに来る相手の手配も問題なく執り行ってくれるって言ってたしね」
くすくす笑いながらの説明。
「アリアは鎮に会いたがってたしね」
「アリアはっぴー♪」
「ミラ、芹香、アリア着替えとかなにも持ってないからパジャマとか用意してあげて。今日は疲れただろうしさ」
千秋を見るとにこりと笑われる。
「だって、荷物は最低限のほうがイイだろ?」
すごく千秋が、楽しそう?
「でさ、屋上? 防音室? どっちが希望?」
久しぶりにまっすぐ見られた気がする。
「風が冷えるのもイヤだし、防音室でいいよね。行こう」
アリアとゼリージェムを送り出し先に立つ。
防音室へ向かう間会話はない。
ここは隆維と芹香が口論をする時によく使う部屋。
圧迫感があって本当はあまり好きじゃない。
雑然と楽器などが置かれた部屋を眺め回していると軽くロックする音が聞こえる。
「何か、飲むー?」
千秋の問いかけに首を振る。
何か錠剤を口に含んだのが見えた。
「千秋?」
「ん? ああ、これね。一時的に味を感じられるように味覚への伝達をカットしてる機能を暗示でコントロールするための薬。暗示のスイッチ用だからただのビタミン剤だよ」
ペットボトルをあおって錠剤を飲み込む。
「暗示って」
「はい。鎮、俺が行ってた所は?」
アリアがいた場所。
「医療研究所」
「まーね、ついでだからって健康診断とかされてたから、……いっそ、暗示療法で忘れたほうが体にはいいって言われたけど、一応は俺の意志を尊重してくれたよ。だから、コレは譲歩」
遠くを見る目に感じる色は冷たい。
「鎮。アリアに関することは怒るんだな」
こっちを見たときには笑っている。
何を、言ってるんだ?
「わかんないか? 無自覚?」
手が伸びてくる。
「何でアリアを出しちゃだめか、わかってるんだよな?」
「なんの、はなしっ」
ソファーに突き飛ばされる。
抱きしめられて困惑する。なに? この展開?
「今、ある環境が、全部だよ。言われたから、鎮は僕を好き? 言われたから、僕に何をされても怒らない?」
何を言ってる?
何を聞いた?
「……ちあき?」
「むかつくんだよ! 誰かに言われてそうするぐらいなら何もするなよ! 何で全部受け入れようとするんだよ! 怒りを感じないわけじゃないんだろ? 不愉快だと思う感覚はあるんだろ? 怒鳴られて殺されかけて見下されて、何で平気にふるまうんだよ!」
だんっとすぐそばに拳を打ちつける音が響く。
わけがわからない。ただ、やっぱり嫌われてるのかと思う。
「ご、めんな?」
怒らせるつもりはないのに。
「謝るな」
ため息が痛い。
「あのさ。鎮。うざい」
言葉が出ない。
ここまで面と向かって言われるのははじめてな気がする。
体を離して面倒くさそうに雑な仕草で髪を掻きあげる。
「ああ、もう。僕は、俺はさ、鎮とちゃんと喧嘩がしたいんだよ。嫌な事はイヤって言ってほしいんだよ。気に入らないことを我慢しなくてもいいんだよ。言っとくけど、こーゆーコト言うのってむちゃくちゃ気に入らないんだ! こんなうっとおしい労力は嫌いなんだ」
え?
「わからないって逃げるなよ。人のことは言えないのはわかってるけど、俺は俺なりの答えを持って動いてる。『言われたから』そう言ったよな。なぁ、海ねぇに『言われたから』空ねぇを好きになったの?」
「ちがっ」
「違うんだ?」
「そうじゃない。言われた、からじゃないよ」
向けられた笑顔がわからない。
「そうなんだ」
「なんで、笑うんだよ」
「ちょっとさ。なんか良かったなって思った」
「……良かった?」
「不思議そうに言わないでほしいな。だってさ、ちゃんと自分でとられたくないって思ったんだろう? 俺にぬいぐるみとか、友達とか、やりたかったこととか、とられても何もしないじゃん」
えっと、ソレって、全部、え? わざと?
「ち、千秋?」
「だからさ、鎮が本当にほしいって思うんならソレはよかったと思う」
「千秋、なんか、やばいドラッグでもされた!?」
千秋がこんなコト言うだなんておかしい!
ビタミン剤じゃなくてやばい薬?
「兄の心配をまじめにしてみた弟を妙な中毒者扱いすんな!」
踏まれた。痛くはなかったけどさ。
『兄』? 『弟』?
千秋にそう思ったことはあった?
「海ねぇにさ、謝った」
唐突に続けられた言葉に驚く。海ねぇにかなりの脅威を感じてる千秋が? さっきも言ってたけど、すごく違和感。
「心配かけたのは確かだからさ。そりゃ、頼んでないけどさ。でもさ、見てて心配になったり何とかしてやりたいとかはさ、わからなくもないから。うまく伝わらないし、何で海ねぇがそんな発想になるのか全然わかんなかったけど、心配して、何とかしようと思ってくれたのは、わか、れたからさ」
言いつつも時折り理解しきれない所もあるのか不思議な間が言葉のあいだに入り込む。
人の考えって難しいよな。
「鎮にも言っとこうと思っただけ」
……。
「な、なんだよ」
「本当にヤバイ薬じゃなくて、ビタミン剤、なんだよな?」
楽器を壊して、伯父さんに怒られた。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』から海ちゃん、空ちゃんを話題にお借りいたしました。
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/




