春休み間近の料理部
「千秋」
「なに?」
最近妙に気ぜわしげな千秋を呼ぶ。
「部活抜けるの?」
最近は本当に顔を見せることがない。だからもし、退部とかするのならはっきり言って困ることになる。料理を作れる人間が減るのは好ましくないのだ。
「一応、抜ける気は無いけど?」
「そうなんだ」
意外な答えにホッとする。
「積極的に参加するつもりもないけどね」
さらっと投下される追加情報。
「ちーあーきーー」
「落ち着いてたって思ったら、思わぬ出来事発覚でうっとおしくて忙しいんだよね」
小さな舌打ち。
微苦笑しつつぽつっと小さな呟きは「じゃまくせぇ」でガラが悪い。
「新入部員勧誘は手伝ってもらいたいわ」
「春休みは予定あるから、それに来年は英と岡本さんだけになると部としての存続すらまずいよね?」
関係はないけど、そういうことだよねと笑う眼差しを見てると抉りたくなる。
気にしろよ。
あと、準備は手伝う気ない宣言かよ。麻衣子に言いつけっぞ?
「有坂千鶴。とりあえず、うろ高に話決めたみたいだから、誘えばいけるかも。何かしたいことがあれば別だけどね」
あたりがないわけじゃないと告げられて少し安堵する。
「……あと、そう言えばまないたむすめもなぜか興味持ってたな」
いや、女の子にその表現はNGだぞ。今、控えめな胸の娘を敵に回したぞ? おい。
「春休みはどう過ごすの?」
話題を変えてみる。不満のまま、「やめる」とか言われても困るしね。あるという予定も気になるしさ。
「前半に里帰りするつもり」
「里帰りか〜。お土産期待していい?」
うろなの前は大阪のおばあちゃんところにいたらしいしな。その前はアメリカだったっけ?
「……。空港で買えるお土産品でいい?」
「空港かよ!」
つっこんだら笑われた。
「家族旅行?」
尋ねたら不思議そうに見つめられた。
少し、困ったような笑み。
「おじさん以外に出掛けるって伝えた相手は、菊花ちゃん、……菊花ちゃんだけだよ。だから、内緒、ね」
ゆっくりした動作とゆるい感じの声で言葉を紡ぐ。視線をきちりと合わせて逸らさずに告げられると不用意にときめかなくもない。ポイントはこいつがその効果を期待してわざとそう振舞っている可能性があると感じることだ。それに照れることなくそう言う発言ができるところが殴りたくなる。
「愛犬達、どうすんの?」
「出かける前に叔母さんに頼むよ」
さっくりとすでに決めてあることを連ねる。たぶん、今決めたんだとしてもそれは匂わせない。
千秋はけっこう思いつきで動く。
思いつき、勢いで動くんならいっそ素直に……、素直、に?
「菊花ちゃん?」
「ううん。なんでもない。でも、新一年生を確保できないと料理部もやばいなぁ」
くすりと千秋が笑って頷く。
「料理できる新一年生でないと問題が多いよね」
「すぐりんもしおりんも料理の腕はイマイチだもんねぇ。得意料理がゆでたまごに冷奴ってきっついわー」
「菊花ちゃんももう少し料理できるといいんだけどね」
「あー。冷奴とスープとカレーは作れるぞー。お皿に移して葱のせるのと、袋をぐつぐつお湯であっためるだけの奴ねー」
「……。そう、だね」
作れるうちに入らないよ。というツッコミを期待したのが違う答えが返った。
「菊花ちゃんはサラダも作れるし、料理、作れば人並みにはなれるんじゃないかな?」
言い返そうと見た眼差しはどこか、遠い。
「んーー。料理の腕を上げるより、チャリのメンテの腕を上げたいなぁ。天気がもつんなら少し、自転車で遠出してみたい気もあるんだけどさ、ほら、可愛い女の子一人でチャリ旅行ってちょっと反対されてるんだよねー。危ないからって。父さんは店あるし、花粉症だしねー」
行きたいけど行けない。
「年頃の女の子が単独チャリ旅行って言うのは親御さんが心配して当然です」
「そーなんだよねー」
澄まして言う千秋の声を聞きながら、机にぐにゃっと寝そべる。
「いーきーたーいー。ホントはさー、千秋に付き合ってもらおうかと思ってたんだよねー」
ぎょっとした表情でこっちを見る。
あんまり野外活動が好きじゃないのは知っているけれど、一般男子よりは適応できる。そして、人柄も責めるポイントも把握できている相手。ちょうど良いと思ってた。
まぁ断られたんだよなぁ。
「そういう体力モノはちょっと勘弁」
「仕方ないなー。麻衣子たちは絶対付き合ってくれないと思うしねー」
「日帰りサイクルコースならいつか付き合おうか?」
義理ででも言ってくれるのは嬉しくもある。
「よし! 言質は取ったぞー」
はいはいと笑う千秋を見ながら思うのはこの時間がいつまで続くかということ。
あと少しで高校最終学年に入る。
待つ時間は長く、過ぎ去る時間は瞬きで。
「料理部いくぞー!」
麻衣子の声。
「げっ」
小さくこぼされる千秋の本音。
「千秋はっけーん! 捕獲せよ!!」
「いろいろあるし、帰るよ」
「いろいろってなんだー!? 逃げんなーバカーー」
麻衣子が叫ぶ中、するりと愛子の横を抜ける千秋は要領がいいんだと思う。麻衣子はなんだかんだいって愛子に押し負けるから。
「またねー」
おっとり気味に見送る愛子に麻衣子がふてくされる。
「部活ー。菊花ぁー」
「いいじゃん、とりあえずは退部はしないって言ってるし。それよりは新入生獲得をどうするかよねー」
そう話を振れば、麻衣子も頷く。
今、料理がちゃんと作れて部にちゃんと出てきて参加してるのは愛子だけだ。
まずいのはわかっている。
「もー。千秋もいきなり来なくなるしさー。なんで、だっけ?」
「元々気分屋なとこ多かったでしょ?」
「そうなの?」
愛子が首を傾げる。
「うん。それはそうだよ」
「似た者双子だからなー」
「似てるかな?」
不思議そうな愛子の言葉。
「マイペースでワガママ!」
びしりと麻衣子が指摘する。
その様を愛子はあいまいな微笑で見守る。
「似てないと思うの?」
麻衣子がすぐりんとしおりんに活を入れてる時、そっと愛子に聞いてみた。
「ワガママかもしれないけど、二人とも優しいし、おんなじように酷いと思うし、不安定。キーワードだけなら似てるの。でもね、菊花ちゃん、あの二人、向いてる方向が違うと思うの。でもね、こうだって断言できるほど、私はあの二人を知らないし、見ようとしたいのかもわからない」
愛子はどこか難しそうに笑う。
「はっきりしない気持ちを伝えるって難しいね。ねぇ、……人はどこで道を間違えるんだろうね」
言いたい事を切り替えてわからなくなったとばかりに小さく笑う愛子はちょっと大人びて見えた。




