3/9 いつものこと
千鶴ちゃんが明日の本番に向けて見直しをしている。
隆維は少し機嫌を損ねた状況で俺にもたれてる。
卒業式が終わったら宗一郎さんを騙して、一緒にピクニックに行こうと鎮兄が隆維の機嫌をとっている。
宗一郎さんが最近、『リッちゃん』に浮気中だからかなぁ?
距離を縮めよう作戦、および、隆維の機嫌取り?
でも、千鶴ちゃん情報だと『宗一郎さんの恋人』は『他校生』で来年も『高校生』のはずだ。
「隆維」
「しらなーーい」
腰にグリグリと頭突きを感じる。
鎮兄を拒絶しつつ、どーして俺に攻撃すんの?
「ごめんってば!」
「しーらーなーい」
千鶴ちゃん、かわいそうだな。
精神修行?
「どーせ、鎮兄は俺にどう思われていたってどーでもいいんだろ。もー。しらねぇ」
盛大にこじれていた。
普通に向けていた好意を全否定した鎮兄が悪いんだと思うんだけどね。
「隆維。別にいーじゃん? 好きを返して欲しくて、好きなわけじゃないでしょ? 千鶴ちゃんの勉強の邪魔はダメだと思うよ?」
ちょっと隆維を宥めておく、鎮兄のためじゃなくて、千鶴ちゃんと、あんまりいらだつと熱を出しそうな隆維のために。
俺は隆維みたいに後のこととか、周りのこととか考えるのはたぶん、得意じゃないんだと思う。
俺が見えることは限られてるし、できることだって限られてる。
「鎮兄がさぁ。どう思ってても自由だと思う。だから、俺達がどう思ってても自由なの」
ひとつ息を吐く。
「でもさ、信じて大好きだってさ、思ってた相手にその好きなんか『ありえない』的に拒絶されるのは痛いんだよ? しかも隆維は今そーゆーのに敏感なのにさ、鎮兄が無神経だったよ?」
これで、俺が鎮兄に嫌われてもそれはそれで仕方ないと思う。
どんなボタンの掛け違いがあったのかがよくわからない。
気がつくとずれていたのか、それとも最初からずれていてそれが見えるようになっただけなのか。
もう一度、息を吐く。
「がんばれ千鶴ちゃん」
必死に参考書を読みつつも、きっと内容は頭に入っていないであろう千鶴ちゃんを応援しておく。
「無茶言うなぁあ」
うん。やっぱり?
すっと千秋兄が参考書を覗き込む。
「どこから?」
千鶴ちゃんにそう尋ねながら向こうへ行けと手を振ってくる。
立ち上がる鎮兄の様子をチラッと見てから千秋兄は参考書と千鶴ちゃんに集中する。
俺も流石にこれ以上、千鶴ちゃんの邪魔はしたくないし、隆維を促す。
「千秋兄ともうまくいってない?」
部屋を出ると、ぽつっと隆維が鎮兄に声を向ける。
「たいしたことじゃないよ」
隆維がむっとしたように鎮兄を睨む。
「あっそう。涼維、部屋、戻ろう」
苛立たしげに歩き始める隆維。
部屋に戻ればばすりとベッドに沈む。
ぎゅうと枕を抱きしめこっちを見てくる。
「涼維。平気?」
平気じゃないのは隆維だと思うのに。
「平気。隆維が俺を嫌いとか、どうでもいいとか言ったら泣くけどね」
青が揺れる。
「言わない」
「わかってるよ」
ずっと長いあいだ、隆維は平気そうだった。
何を言われても相手の感情なんか本気では気にしなかった。
わかってなかったんだと思う。
隆維が鎮兄に傷つくことは複雑。
俺は『同じ』じゃないかと思うから。
ぺろっと雫を舐めとる。
隆維は俺にもう少し、依存してくれるといいんだけどな。




