3/1 もたらされた疑問
ひらり
ほろりとこぼれる赤い花びら。
「ちあき」
重みを感じて目を開ける。
「鎮?」
「ソファーで寝ると風邪ひくぞ?」
軽く前髪を掻き上げる。
ここはリビング。
部屋は灯りを落としてあるらしく、暗い。
見返した鎮の瞳は少し揺らいでいる。
仕方ないから手を伸ばす。
こめかみに手を当てて軽く引き寄せる。
些細な不安。
見ようと思えば気がつけなくもない。
些細な不安も重ねれば不安定へと近づく。
鎮が不安を覚えるのは変化。
当たり前にそれがそこにあるのなら怯えはしない。
うろなに来た当初も不安で行動がおかしかった。
ばぁちゃんの家ではそんなことなかったのにと思った。
中学の時も妙な方向に流れていたし。
ちょっと、大人しくしてればいいのにと思わなくもない。
今の鎮は少しわかりやすくダメージを受けている。
俺じゃない。
「僕は、大丈夫だよ。鎮は落ち込んでていいんだよ?」
昼間聞いたのは『美丘花』の死。
話を聞きながら、さーやおばさんは愛菜の父親である美丘氏を見ていた。
きょとりと理解できないふうだった鎮。
なにか治療法の発見されていない病気を患っていたらしい『花』。
母娘でその治療法を研究していたらしい。
『治療法を見つける』
『負けない。大丈夫』
それが鎮と美丘花とのあいだで交わされていた『約束』。
俺は彼女がどんな子だったかよく覚えていない。
美丘花。
車椅子に座って日陰から小さく笑っていた少女が記憶の中を過る。
お茶会に参加した彼女はいつだって恥ずかしそうに目立つことなく陰にいた。
それをそっとかまいにいくのは鎮だった。
あまり言葉を交わしたことはなかった。
そばにいても何があるわけでもなくつまらなかったから。
「花は頑張ってたはずなんだ。少しでも生きていける、元気になれる治療法を見つけたいって、もう症状の出ている自分の完治は望めなくても、同じ痛みを味わう人が少なければいい。って」
そう言う言葉を聞くと、出会ったあの日にもう少し優しくしていれば良かったかとちらりと過ぎる。
その妹愛菜が今したいのは『花』の遺志を引き継ぐことなのかもしれない。
やり方がわからなくて、『その場所』で関わりのあった芹香に接近したり、もしかしたら『花』に聞いていた鎮に接触をしただけなのかもしれない。
ただその必死さが芹香を怯えさせただけだ。鎮を混乱させただけだ。
『花』に良く似た『愛菜』
鎮は生まれ育った場所をそこでの繋がりを『なかったこと』のように話題に乗せない。
何かがあればちらりともらすこともあるが、基本は口をつぐむ。
つい俺も新しいことに夢中で、気にしなかった。
離れた場所。届かない場所。過ぎた過去のことを思い募っているより、新しい場所。今いる場所。これからに意識は占められていた。
本当に親しくなっていた友人からははじめは手紙、最近ではメールと連絡はそれなりにある。
そこから、『花』の死は情報として流れてはきていなかった。
ただ、花は目立つような子ではなかったし、もとより、死亡情報は流れてこない。
ただ、少し疑問がある。
美丘母娘の葬儀は昨年中。
じゃあ、バート兄は誰にメールを送ったんだろう?
「千秋?」
「聞いてみる」
「千秋?」
不思議そうな表情で呼ばれる。
「マンディ義姉さんなら当然知ってるはずだから」
あの家ではセシリアママがトップでマンディ義姉さんが細かいことを取り仕切っていたから。
「ナニを、知りたいの?」
何を?
わからないことを知りたいだけだ。
苛立つ。
「美丘母娘の死の時期とどう死んだのかの確認かな」
「なんで?」
「はっきりさせた方がいいだろう? どうせなら研究が進んでいたかの成果も教えてもらえるんなら、花の努力がわかっていいだろう?」
済んだことは変わらない。
終わったことは覆らない。
それでもそこから得るものがないとは言えない。
「……千秋……」
ぎゅっと抱きつかれる。
表情が見えない。
「しぃ?」
抱きついてくるのは接触を好む鎮らしいと思う。
表情を見せないのは照れくさいから?
たまには甘やかすもの必要なのかなぁと思わなくもない。
「……ごめんな」




