2/4 放課後
昨日は節分。特に何もしなかったけど。
今日は特に何もない日。
でも火曜日。
空のバイトの日。
むかうのは商店街。
無限回廊はもう少し先の角。
そんな場所で花の妹に求められるまま、ご挨拶。
今の彼女ではチケットは手に入れられない。彼女はダメだから。
くすりと少女が笑う。
「シーは私の事好き?」
小さな囁き。
彼女は花の妹で美丘博士の娘。
「好きだよ。愛菜」
頬にキスを落とす。
寂しいの?
「私も大好きだわ。それじゃあまたね」
軽く背伸びして唇の端に軽いキスをし、少女は身を翻す。
またね?
じわりと妙な頭痛がある。少し、そんな心算で壁にもたれて息を吐く。
なにを、してたんだっけ?
そう、今日は火曜日で、空のバイトの日。
だから一緒に帰ろうと思ったんだ。
ふと目を開ければ、そこに空がいた。
あぁ。
「今日もかわいいよね。空」
時間ギリギリだったけ?
それとも早く会いたくて急いでくれたとか?
それは嬉しい。そんなことを考えてるのが恥ずかしい気もするけど、嬉しい。
何かに困惑したような表情。
えーっとえーっと。
「やっぱり名前呼び、恥ずかしい?」
それとも迎えに来られる自体がダメだとか?
「空ちゃんが恥ずかしいなら我慢する?」
「鎮くん」
呼ばれて嬉しい。
「なに?」
「帰ろうか」
ああ。
「好きだよ。空は、ぅん? 空の全部好き。声も香りも、ぬくもりも」
上手く纏まらない繋がらない。
何かを確認したくて、ぎゅっと手を握る。
暖かくそこにあるはずの手が。その感触がわからなくなる。
同時に、ここですがるべきでないと何処かで思う。
一緒にいたい。
でも、今はダメな気がする。
俺の空。
空は俺の。
俺は空をどうしたい?
そばにいて欲しい。
いっぱいキスしたい。抱きしめたい。
会えなくなるのは嫌だ。
自分がどうしたいのかがわからない。
暖かな空の手。
わからなくなる?
こわい?
何が?
「俺さー、迎えに来て、空を困らせてない?」
「嬉しいよ?」
やんわりとした声。
「一緒にいたいと思うんだ。でも、空の負担になりたくない」
あれ?
こんなこと言いたかったんだっけ?
それでも思考が妙にまとまらずぐるぐるする。
「たぶん、どうしたいかわからなくなってるんだよ。空と一緒にいるのは好き。でも、繋がらなくてわからなくなる。空と一緒にいるのが怖いんだ。全部、俺が悪いんだってわかってる。空に悪いとこなんかないから。でもさ。俺はやっぱり俺が嫌いだ。どうして呼吸を続けてるんだろうってたまに思う。だって、どうしようって困ってる空の表情を見てさ。ああ。可愛いなって思うんだ」
ダメだなって思う。
そんな空が俺のだって思うと嬉しいんだ。
ぐるぐるとわからないのに口は動いている。そんな感じ。
「俺はうまくできないんだ。どうやったら空が嬉しいのかイヤなのかがわからない。どこかで空から離れるべきだと思ってる。それでも、それが間違っていても空が俺のものである今を壊したくないんだ」
背後から伸びてきた手に口を押さえられる。
「熱烈大好きはわかったからちょっと落ち着こうなーシズー」
「……ぁぅ」
潤さんだった。
あれ?
そんなに声大きかったっけ?
そんな疑問もあるけれど、続けられた潤さんの言葉より真っ赤になって俯く空が可愛かった。
「お前の声はけっこう通るけど、それほど響いてたわけじゃないから大丈夫。それにお前の愛の告白はよくあることだろう?」
なにそれ?
ひでぇ。
帰り道ももう中央公園まで来たところで、ああ、ココまで来てたんだって思う。
このまま川沿いを歩くのが大体いつものコース。
「自分が振られ放題だからってこっちを巻き込もうとしないでくれる?」
ぎゅっと空を抱き込む。
困ったような苦笑。軽く頬を叩かれる。
「静か、か?」
え?
わからなくて首を傾げる。
「ま、がんばれ」
そう言って軽く空の髪に触れる。
「だめ! 俺の!」
潤さんの手を掻い潜ってたら空を振り回してしまってて。
「ごめん、空ねぇ。大丈夫?」
敵が去った後の川べりでしゃがむ空の横に腰を下ろす。
大丈夫と向けられた笑顔に俺は言葉を失った。
ぎゅっと胸が熱い。
「鎮君?」
見上げてくる眼差し。
「空が好き」
落とす口付け。
回される腕がとろりと思考を溶かす。
青空空ちゃん、お借りしております。
一歩。気を許しているがゆえに表面化する異質。
自分の異質さを解すれば好きだからこそ離れるべき思考。それでも『俺のもの』と捕らえていたい。ただそれすら無意識のうち。
空ちゃん、ごめんなさいねー




