1/10 拉致系ドライブ
「空ちゃん車出すから乗っていかない?」
バイト帰りの空ちゃんに声をかける。
「ほら、雨降ってるんだし、そっちまで行く用事があるし、聞きたいこともあるから乗って乗って」
そしてほぼ強引に乗せる。
拉致のようだわね。
「ありがとうございます」
ふわっと笑って後部座席で傘を持て余す。
「そこにカバーがあるから使って。後ろに傘置場あるからそこにさしちゃってね。邪魔でしょ?」
そうこう言ってるうちに図書館前に着く。
「空ちゃん開けてあげて」
「っつめたーい。雨なんてサイテー」
開くと同時に飛び込んできた隼子は傘を後ろにさそうとする。
せめてカバーに入れろ。
「あ。やっほー。鎮とはうまくいってる? いっぱい聞いちゃうぞー」
隼子のいきなりの発言にカバーを差し出す空ちゃんが真っ赤になる。
あら、かわいい。
荷物は先に積んである。
後部座席の片側には箱がひとつとでかい猫が一匹陣取っている。そして隼子が入ってきたので空ちゃんは真ん中だ。
逃亡経路遮断成功。
「それ、重くない?」
覗きこむとデブ猫が空ちゃんの膝を枕に寛いでいた。傘はカバーに入れて後ろにやったらしい。
大丈夫とばかりに微笑む空ちゃんがデブ猫を撫でる。
「ぶちゃデブちゃんだよねー」
伸びてきた隼子の手をわずらわしげに睨むと頭の置き位置を変えるデブ猫。
「十キロオーバー。ダイエットさせるべきかと思うんだけどね」
避妊手術後の巨大化で食べる量は一般の猫より多いわけじゃない。
たわいない会話。隼子としても突っ込んだ会話の前に仕込があるらしい。
ホテル前で海を拾う。
「んじゃ、いくかー」
助手席に乗り込み、軽く当たり前に言う海に空ちゃんが慌てる。
「ぅ、え? あ、海お姉ちゃん?」
「ヤッホー。海がいるとご飯が安心ーでぁでぁ、二泊三日にしゅっぱーつ♪」
「え!? あ、ごめんね」
急に賑やかになった周囲にデブ猫が不満げに唸る。それに謝ってなでる空ちゃんの手にデブ猫が満足げに喉を鳴らす。
「あたしとしては宇美とノブっちの進展が気になるねー」
……
「運転してるのが誰か考えて話題を選ぶことね」
私のこの言葉に隼子が後ろから海に抱きつく。
「夜、そっちは夜の話にして今は空ちゃんでいこう!」
きゃあきゃあと賑やかに車が進む。空ちゃんはちょこちょこからかわれて赤くなったり焦ったり。
「五十日だから混むかと思ったけど、すんなりこれたわね。隼子、目的の御宅の住所は大丈夫なの?」
「うん、前にも来てるから大丈夫。半分仕事なのさー」
宿泊予定のコテージの前に車を止める。
コテージには灯りがついており準備がしてもらえてると思うとちょっとほっとする。
安心は数秒後硬直させられる。
「あんた誰よ! 信弘君は?」
言葉使いの荒さに似合わない外見の少女。
姫カットの黒髪に白いワンピース。
キツ目の眼差しはこちらを敵視しているようで。
それをすんなり表に出してるのがかわいいとか思ってしまった。
「こんにちは。私は久島宇美。戸津先生は後から来られるの」
「……鴫野尋歌よ」
泊まるコテージの持ち主の娘あり、ノブ兄の姪。
「鴫野さんには泊まる所や何やらを手配してもらって感謝してます」
「信弘君は家族だもん。当たり前じゃない。あんたなんかただのお隣さんでしょ」
べぇっと敵意と舌を出してくる少女に笑顔になりそう。素直な反抗がかわいらしい。それに意外と情報を持っているらしい。
「宇美ー?」
ニヤニヤしてる海と隼子に軽く説明する。
私も彼女に会うのははじめて。
ノブ兄の家族は信常おじいちゃんしか会ったことがない。
「尋歌ちゃんはノブ兄のお姉さんの娘さん。姪っ子よ。会えて嬉しいわ」
聞いたことがあるだけの情報を提供し、少女に向けて会えて嬉しいと伝えると、隼子がふぅんと呟いてむぅっと不満げにしている少女を見つめる。
「似てないわね」
「ママは似てるって言うわよ」
打てば響く反論。
「尋歌、我儘を言っていないで帰るよ」
コテージの裏から出てきた男性が少女に声を掛ける。
「……だって! パパだけ帰ればいいでしょ! 私は信弘君のお手伝いするの! 月曜日に帰ればいいでしょ」
「ああ。はじめまして鴫野です。お会いできて嬉しいのですが、急用が発生致しまして。すみません久島さん、こちらがコテージの鍵になります。信弘には会えなくて残念だったと伝えておいてくださいね」
娘の言葉を聞き流しつつ、こちらの対応をしてくれる鴫野さんはおそらく五十歳手前。
「はい」
「さぁ帰るよ。尋歌、聞き分けなさい」
「いや!」
子供あしらいが上手だとは言えない人だった。
「コレは、いわゆる反抗期ってヤツ?」
「ポイね」
こそりと会話がこぼれる。
視線を交わし合う隼子と海がこわい。
「はーい。オジサマー。住所教えてくれれば月曜日にカーナビ頼りできっちりお送りしまーす」
「人手は多い方がいいんだろ?」
食事の準備くらい任せておけとばかりに隼子の援護に回る海。
確かに人手は多い方がいい。
「しかし」
と渋る鴫野のおじさまを無視して尋歌ちゃんが表情を明るくする。
「ちゃんとお手伝いするわ。その、やり方間違っていたりしたら教えてくれるでしょう?」
上目遣い気味に見てくる姿はこちらを味方だと認識しているのがよくわかる。
鎮君や千秋君たちに比べてなんて扱いやすいの!?
カワイイ。
鴫野さんが携帯をちらりと確認した。
「本当に大丈夫ですよ。あの、患者さんが待ってらっしゃるんじゃ……」
鴫野さんの視線の揺らぎがその問いかけを肯定しているように見えた。
「行ってください。天気が悪いですから道中運転は気をつけてくださいね」
鴫野さんにそう告げて、振り返ると海がデブ猫を抱えてさっさとコテージに向かっていた。
「宇美ぃ、こいつの名前はー?」
「スカイフィッシュよ。私はデブ猫って呼んでるけどね」
率先してコテージのドアを開ける尋歌ちゃん。
その眼差しは十キロオーバーの巨大猫に釘付け。
海が促すまま、食材について答えたり、部屋について答えたりしている。
「尋歌ちゃん、お預かりいたしますね」
「ありがとうございます。いいお嬢さんが信弘の周りにはいるんですね。それではお言葉に甘えて失礼しますね」
彼が去った後、隼子がにんまりしていた。
「よかったね。ノブくんの身内の一人に好印象! 尋歌ちゃんも味方に落として、背後関係を探らなきゃねー」
スッと赤くなってしまった気がする。
「空ちゃんも冷えるしコテージに入っててね」
車から箱を引っ張り寄せて抱える。
「空ちゃんはこれを持って行ってねー。滞在中の着替えさー」
隼子がポイっと気軽にカバンを渡す。
「じゃあ、頼むわね」
「オッケー。ガソリン満タンにして来るわー」
車から隼子がそう言い、コテージの方からは
「さっさと来なよー」
と海の声。
「あんまり外にいると風邪ひくわ」
続いた尋歌ちゃんの言葉に空ちゃんと笑顔を交わし合う。
「行きましょうか」
青空海ちゃん空ちゃんお借りしてます




