1/1 思想捜索中
雪のチラつく冬の日。
寒いばかりでいいことなんかないように感じてもそれがクリスマスなら事情が変わる。
君にキスを落とす。
雪が降っているってだけで浮かれる心境もないではないけれど。
女の子へのキスは特別。
このうろなの町に越してきてもうじき七年。
はじめてこの町に来たのはその二年前。
おじさんのお友達に上のお兄ちゃんたちにするように『ご挨拶』をした。
そしたら、そこにいた女の子の一人が泣きそうで、もう一人は怒って叩いてきた。
『ご挨拶』の何が悪かったのかわからなくて千秋にしがみついた。
おじさんは楽しそうに笑って『この国ではあまりそういう挨拶はしないよ』って教えてくれた。
『ご挨拶』が国によって違うなんて知らなかった。
そういえば千秋はこういう『ご挨拶』あんまりしたがらない。
お兄ちゃんたちは『チアキだから』って言ってた。
『大好きだよ』と落とされるキスも『愛してる』と返されるキスも好きだった。
『チアキはシィのこと嫌い?』
今思い出せば恥ずかしい問いかけ。
いつの間にか日常的だったキスがなくなって嫌われたのかと不安だった。
怒ったように突き飛ばされたのを覚えている。
そーいえば、当時の一人称はシィだったんだよな。
千秋と一緒に行動することがまだ多かったから。
二度目のうろなは同年の夏。
うろなでの海遊び。
そこで出会ったのが青空家族。
おじさんは一番おねーさんっていうか、太陽さんに
「結婚したなら連絡ぐらいなさい!」
って怒られてたな。俺らはおじさんの子供じゃなかったけど、おじさんはただ笑ってた。
そこにいたのはやっぱり女の子たちで、春先の宇美ちゃんと重ちゃんの事態を繰り返すのかと思うと怖かった。
繰り返さなかったけど。
お手伝いに走っている陸ねぇと海ねぇの様子を空ねぇと一緒に眺めて過してた気がする。
千秋は途中で退屈して渚ちゃんと砂山作りしてた気がする。
鮮明に残った記憶。太陽さんとアリカさんは『ご挨拶』を笑って返してくれた。
セシリアママとマンディ義姉さん以外の女の人との『ご挨拶』は初めてで少しびっくりした。
大阪の日生の家では『ご挨拶』は『おかしい』『変』って言われてたから、すごく嬉しかった。
ーーあなたをたくさん知りたいですーー
ーー大好きーー
ーー愛してるーー
ーーおやすみなさいーー
それだけの意味を持つ『ご挨拶』
素敵だと思うけど。
今いる場所でおかしいならなおさないといけなくて。
少し、寂しかった。
だから、ダメじゃないなら嬉しくて、たくさん空のことを知りたくて、抱きしめてキスをおくる。
『君を知りたい』『大好きだよ』
キスを落とすたびに愛しさが募る。
『愛おしい』
同時に知られたくないという後ろめたさも募る。
芹香が空ねぇのことも考えろと言ってきて、ちょっとワガママが過ぎたかと思った。
困らせてはいたかなと思うし。
気持ちはわからなくはないけれど、キツい芹香の言葉に注意の意識で呼ぶ。
ビクリとこちらを見た瞳には困惑と怯え。
どうして我慢していたのか、我慢させていたのかがわからない。
泣いて飛び出した芹香。
まずは泣いたことに驚いて。
涼維が告げた芹香が俺の家出を自分のせいじゃないかと思い込んでたと言う言葉。
たしかにあれは芹香がうろなにきて間もないころで。
それでもまさか小さかった芹香がずっと自分のせいだと感じてたのには気がついていなくて。
自分のことばかり、考えてた自分に気がつく。
これはどうなおせばいいんだろう?
「鎮ちゃん」
声にびくりと身がひける。
「か、重ちゃん」
追いかけられたりはたかれたりは日常で。
ほぼ、条件反射的に体が逃げる。
深々とため息をついて手招きをしてくる。
「こっち来いっつってんの!」
きつい眼差しに甘さはなくて。
そろりと一歩近づけば大股で近づいてきて手をあげる。
ぽす
!?
「どうかしたの? 慌ててるっぽいけどさ」
背伸びして頭を撫でてる姿は微妙だ。
「あー、あとさー、空とどういうことになってんの?」
固まる。
「あの子、泣かしたらただじゃ済まさないけどさ。じょぶ、なんでしょうねぇ?」
…………
「しずめ?」
「今、きょうだい喧嘩中でさ、探してるとこだから…………」
「年明け早々なにやってんのォ」
「本当だよね」
バカにされてる口調。それでもしかたなさげな心配の色が透けていて。
「誰と喧嘩したの? やっぱ、千秋?」
沈黙に重ちゃんが息を吐く。吐き捨てるように力強く。
「庇いすぎ。気遣い過ぎ。あんたが守らなくても千秋は自分で立てる」
重ちゃんは千秋が立てると信じてる。
俺も千秋が止まったままでいるなんて思っていない。負けず嫌いで、俺がお兄ちゃんとして振る舞えるように一歩今引いてくれているだけだって知っている。
「……でも、俺がお兄ちゃんだから」
がつっとそのまま頭を殴られる。
「ちょっと痛いじゃない!! 手首いったーい」
腕時計で頭殴ったのは重ちゃんなんだけどと思う。
結構痛い。
そのまま平手で一発殴られて、紡がれる言葉を聞く。
「本気でさ、空と向き合うんならあんま、隠し事するんじゃないわよ? 言いたくないことがあるんならそれもいいけど、空が不安になるような隠し方はするんじゃないわよ?」
まるで保護者気取りの言い方。
心配なんだなと思う。
「で、千秋とケンカしたの?」
しかたなさげに確認する姿は相手は千秋と決めていて、茶目っ気さえ見え隠れしている。
期待を破るのは申し訳ない気もするけど、
「ううん。千秋じゃなくて芹香と」
見開かれた目が瞬時に細まる。
「あんた、なにやってんのよ!」
思いっきり怒鳴られた。
話題で青空一家お借りしております。
問題あらば連絡願います




