1/3 朝ごはん
ゆっくりと一歩を踏み出す。
ぎちり
そんな音を立てて、足元が揺らぐ。
ぱりんと剥離した白い欠片が弧を描いて落ちていく。
冷たい風が吹き上げてきて剥離した白い欠片が舞い上がる。
見上げた空は藍の青。
藍色の翼が大きく空にひろがる。
ひろげられた翼のあたたかさをおもう。
「どうして! なんでよ! かえしてよ!」
それは嫌な夢。
知ってる。
本当に悪い相手は違うこと。
言い返せないことを知ってて責めた。
知っていても止めれなかった。
「ねぇさん」
やるせない感情をただぶつけた。
暴力か無関心かの二つの間で揺らぐ両親から訣別した時、ねぇさんはまだ11歳で私は2歳だった。
いろいろ逃げて、最後に一緒にいれるお母さんのところに引き取られた。
それなのに、ねぇさんが恋に落ちた相手は簡単に暴力を振るうような、逃げ出した親のような男だった。
その事実は一緒に暮らすようになってすぐに知れた。
間をおかず私はお母さんのところに逃げ戻った。それがねぇさんを危険に晒している自覚はなかった。ただ、あの男が嫌いで怖かった。
「謝ってくれる。やり直したいと言ってる。反省してる。愛してるし愛してくれてるの。もう、しないって言ってくれたわ」
ふわふわと楽観的なねぇさんの言葉。
ほかのきょうだいが黙って首を横に振る。
本当は私だってわかってた。あの男はダメだ。繰り返すって。でも目を閉ざして見ようとしなかった。
ようやくねぇさんが『ダメなのかも』と危機感を持ったのは子供ができたからだった。
変わらない男にねぇさんはようやくシェルターに逃げ込んだ。安全なはずだった。そこで手続きが進むはずだった。
それなのに。
なぜか出かけたねぇさんはあいつに見つかって刺し殺された。
病院までは生きていて、それでも失血が多すぎて、そんな状況だからねぇさんのそばには誰も家族はいなかった。一人で心寒い中逝った。
帰ってきたねぇさんを見る表情が許せなかった。
『お前のせいだ!』
そう告げた瞬間、傷つけたのを知った。それでも止めれなかった。それでいいと思ったから。
恋なんかしない。だって怖い。
同じ轍は踏まない。ねぇさんみたいにならない。
ちゃんと一人で生きていく。
できうる限り頼ることなく、一人で立って歩いて行きたい。
縋って、頼らなければ生きていけないような女にはなりたくない。
「おはよう。飛鳥ちゃん。今朝はトーストと目玉焼き。失敗しようのないメニューだよ?」
そう、特に千秋タイプなんかは最悪な典型だと思う。
暴力を厭わず、ずっと他の女の影がつきまとう。最低最悪の相手だ。
「さいてー」
「今日はどこに遊びに行こうか? 隣町まで足伸ばす? それともうちの中?」
人の話を聞く気もない。
「びーち、は?」
「そっちはつまんないよ。普段から住んでるんだし。大阪行こうっていうのは断るんだもんな。旅費は出すって言ってんのにさ」
私がトーストを食べている様子を眺めながらニコニコと言葉を綴る。自宅そばにいたくないのか。
「ちーちゃん。突発すぎ」
「いろいろあるんだよね」
そう呟いて、揚げたパンのミミをかじる。
笑顔でいてもその視線はどこも見ていない。
「この町慣れた? いいところだろ?」
「そうやね。いい町やと思うよ」
「ん。俺もね、この町好きだから、飛鳥ちゃんも好きって思ってくれてると嬉しいな」




