1/1 知らないから
雪姫ねぇちゃんのところからの帰り道。
風峰さんが車に乗せてくれた。
彼はなぜか雪姫ねぇちゃんに『高校に遊びにおいで。頭数が欲しい!』と妙な物言いをしていた。
疲れたのか、車内で涼維が眠りに落ちた。
「魔女の庭って知ってる?」
…………
軽い口調で振られた話題。
「聞いたことはあるよ」
そこからこぼれた忌児。
そう言ってくる相手もいた。
よくは知らないけど、いい場所ではなさそうだった。
「事件の時の記憶は残ってないんじゃあ?」
「思い出した。だけ」
「そう。何があったのか正確に?」
「もうすぐ四歳だったとはいえ、幼児に変な期待しないでよ」
憶えてるのは潮の香りと血の匂い。
銃声と破砕音と悲鳴。泣き声と罵声。
飲まれていく小さな指。
涼維が泣いてた。
誰も手を伸ばしてくれる人間はいなかった。
静かになった波の子守唄のさなかにぱてぃが来てくれた。
そこには家の子供も混じっていたらしく、『生き延びた』『ケガひとつなく』という眼差しは涼維を怯えさせるのに充分で。
あまり優しい記憶ではない。
第一、
聞いていたのは『魔女の庭』だったのか『海の魔女』の話だったのかもあやふやだ。
彼らは「うまくいけば『魔女の庭』の子供になれる」と言っていた。
それが彼ら自身を指していたのか、生き延びた子供達の道だったのかも定かではない。
そして俺は『魔女の庭』を知らない。
っていうか気分悪いな。
なんで表沙汰にならなかった事件のこと知ってんだよ。
雪姫ねぇちゃんと会って気分良かったのに。
あの事件での死者は攫われた子供・犯人含めて27人。
ケガ人はおらず、生き延びた子供が二人。
閉じ込められていて事態を理解できているはずもなく。
無かったことになった事件だ。
家を継いで欲しいと言われなければ、確認調査の書類なんか確認しなかった。
具体的な死者の数が哀しかった。
父さんは嫌いだった。母さんはこわい。
何も知らない。
ただ手を差し出してきた『何も知らない』兄さん達の存在は、『特別』だった。
たぶん、何も知らない相手だから『家族』になれた。
「ケンカ、売ってる? おっさん」
「いいや、ただの警戒促し」
ふぅん。
「まぁいいや。送ってくれてありがとうございました。涼維、起きなよ。着いたよ」
犬猫(てぶくろは雪姫ねぇちゃんのとこ残留)をおろして、涼維を起こす。
「……ぅん」
あんな話を聞いたとしても兄さんたちは変わらない。と思う。
驚くぐらいで済ませる気がする。
千秋兄は「バカらしい」って言いそうだし、鎮兄は抱きしめてきそうだと思う。
同じくらい兄さんたちに秘密があっても「まぁいいや」と言ってられると思う。
「隆維、大丈夫?」
涼維の声に笑う。
「じょぶ。送ってくれてありがとう。おっさん」
「ありがとうございました」
風峰のおっさんはにっと笑って頭を撫でてきた。
「イイ一年を過ごせよ」
『はーい』
秘密はこぼれるものだけど、全てをあきらかにすることなんかできない。
知らないから築くことのできる絆もあるから。
さらりと雪姫ちゃんお借りしました。




