12/2 デート
「こんにちは。宇美さん」
「すみません。お待たせしましたか?」
「いいえ。さっき着いたところなんですよ」
猪口先生がにっこりと笑う。
五分の遅刻。出かけ際にばたついたから。
「病院での白衣姿もキリッとしていて素敵ですけど、今日みたいなワンピースも可愛らしいですね」
会話をどう続けようかと思っていると、そんな風に告げられた。
「そう、ですか」
気恥ずかしい。
「ええ。とても素敵だと思います」
チラッと見た猪口先生は寒さだけではない顔の赤さだった。
「あの、映画でも観に行きましょうか? もしかしなくても話題、困っちゃってるでしょう?」
気遣いに苦笑がもれる。
「すみません」
「いいえ。気にしないでください。来てもらえただけで嬉しいんですから」
猪口先生が気遣いつつ、ゆっくりと話題を振ってくる。
戸津アニマルクリニックにいたおチビさんや治療中だったコたちの話題。
スポーツや好みの料理、好きな本、好きな音楽、好きな色。話題は多岐にわたり楽しく過ごせないことはなかった。
あまり、会話を続けられなくて申し訳ないくらいだった。
「喋りすぎですか?」
問われてそれは否定する。
「いいえ。私の方こそ、おもしろいことの一つも言えなくて退屈ではないですか?」
この辺りは地元なのに。
ぱァっと猪口先生の表情が明るくなる。
「そんなことはあり得ないですよ! だって、宇美さんが好きな事を教えてくれてるんだし、その時間をぼくのために使ってくれてるんですから」
さらりと言われる言葉に先生を見上げるとすこし、視線を逸らして顔を朱に染めていた。
ショッピングモールの喫茶店でお茶をして、そのまま喫茶店で決めた映画に入る。
イギリスのコメディ映画だった。
ありえない展開が目白押しで最初の唖然としたショック症状が抜けると笑いをこらえるのが辛かった。
モールのイタリアン系のレストランでパスタを食べながら、映画の話。
それは楽しい時間だった。
でも。
「ごめんなさい」
猪口先生を特別な男性とは思えないんです。
先生が寂しそうに笑う。
もしかしなくても察していたのかもしれない。申し訳なくてどう言葉を選んでいいかわからない。
「宇美さんが謝るようなことはありませんよ。ぼくが勝手に貴女を好きになったんです。今日はとても楽しかったです」
「私も今日は楽しかった、です」
柔らかな微笑み。この人を好きになれたら素敵だったかなとは思う。
気遣いができて優しくて私のことを好きだと言って笑わせてくれる人。
「それは良かった。あの、もし良ければまた遊びに行きませんか?」
驚いて彼を見上げる。
「その、もう少し知ってもらいたいなぁって未練と、もしかして先輩に見切りをつけた時にそばにいれたらおいしいかなってゲスな理由なんですけど?」
照れて困ってそれでいて悪戯の共犯を誘っているような何とも言えない表情で笑ってしまう。
「ぼくと付き合うことで、先輩に意識させれるんなら利用してくださってもちろん構いません。宇美さんの手助けができるんなら嬉しいんですよ」
「下心は?」
「もちろん、バッチリありますよ。利用してもらえれば、また、私的に会えて、メアドを聞く理由ができますからね」
軽く言ってくる姿に笑える。
「笑ってくれるだけでご褒美です」
「ごめんなさい」
「謝らないでください。送って行きますね」




