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帰りたい場所

うろな町の外で

「急に訪ねてゴメン」

「かまわないよ。頼ってもらえるのは嬉しい」

「いっそ、いない方がうまく回るんだよなぁ」

「……」

「あーやちゃんを止めるつもりがあったわけじゃないけれど、そうなってしまったのも事実で、かわいそうなことをしてしまったんだろうと思う」

「それは、彼女の甘えであって、それをかぶるのは傲慢じゃないかな」

「そうかもね。甘えてくれるのに甘えて、進まない言い訳に使ったのも本当だし。お互い様だよ」

「しばらく、コッチに戻ってくるなら仕事は用意するよ。私邸の方が、長く野放しになってるしなぁ」

「!?」

「下のコ達が意見をできるとでも?」

「あんたらの躾なおしからか……」

「ゆっくり、どうしたいのか考えればいいさ。結論を急ぐことはない」

「そうかな」

「思い詰めるのは悪いくせだと思う。演技しすぎるのもね」

「難しいなぁ。本当の自分なんて得体の知れないものはとっくに忘れちゃったもの」

「本質はそこにあるんだよ」

「今の、演じてると言われる自分が、自分なんだけどなぁ。それが、違うように見えるんだろうか?」

「……。より、幸福を得て欲しいと、思うからこその言葉じゃないかな?」


「難しいなぁ」




『オレん所は一人二人増えても変わんねぇ。ただ、大切な者を失くした辛さはわかる分、オレは屋根を貸す以外、言葉は見つからなかった。すまねぇ』

 工務店の大将の言葉。

 帰り道の車中でかっこよかった。渋かった。優しい人なのね。とはしゃぐ姿。それがすっとなりを潜め沈み込む。

 別に彩夏は躁鬱というわけではない。たぶん。

「大切な人を失くすのは辛いものね」

 すとんと感情を切り落とした声。

「だからなくしたくなかったのに」

 声が震える。

「じぶんも、父親と死ねたらよかったのにって言うの。どうして助けてくれなかったのってどうして助けたのって泣くの」

 たぶん、口にしてる意識はない。

「お父さんが大好きだって言ってた。そうすごく優しい人だった。死んでなんか欲しくなかった。だからほんとうは泣いちゃいけない。私にそんな資格はないから」

 そっと車を端に寄せて止める。

「言葉なんかみつかるわけがない。何もできない。だからね、いてくれてよかったの。千秋のトコにおじ様との出会いがあって、ほんとうによかった」

 ほろほろと泣きながらも嬉しそうに微笑む姿はいとおしく感じる。

 だから抱きしめて甘やかす。言葉は欲していないとわかるから使わない。





 本当に、言葉なんか見つからない。

 あの時でも、今この時でも、妹達や子供たち。何かあったとして心は動くのだろうか?

 ラフの言葉に対しては本当に「いまさら」それ以外の感想はもてなかった。

 過ぎ去った時間。終わってしまった事象本当に『いまさら』だ。

 いつから心は動かなくなったのか、それとも最初から欠落してたのか。

 いつ、何をなくしたのかがわからない。




「はいでぃー。オムレツ食べたーい」

「あ。おれ、ドリアがイイ!」

 なじみの子供たちは十年ぶりという時間差を感じさせないはしゃぎぷりで纏わりついてくる。

「冷蔵庫には?」

「たまねぎとミルクー」

 たまごは?

「フライパンは?」

「えーっとぜんぶ流しで真緑!」

 ほほう。

「オーブンは?」

「開かないよー?」

 怒っていいだろうか?


「あ、あははー。ほーら仕事はたくさんあるぞー」

「紙とペン」

「はい」

 差し出される紙とペン。

 買い物メモを書き連ね、胸元に突きつける。

「買ってきて下さいね」

「ああ。わかった。頼られよう!」

 偉そうに胸を張る姿を鼻で笑う。

「これをパシリという」

 子供たちが笑う。

「さ、チビたちは掃除だ。でないとごはんは作れないからな」

「はぁーい」

 いい返事が返る。

「世界はなるように回るものさ。いつ失くしたのか、いつ手に入れたのか、そんなものはわからない。ヒトは何も持たず、なんだって持っている。『日生暁智』であろうと『ハイディ』であろうとどちらも『おまえ』をあらわす記号だ。だからあえて『自分』や『本物』にこだわる必要はないと思うな。よし! いいコト言ったな」

 一つため息。

「いいからさっさと買いに行け。パシリ」


 

『それでも、あの子達のことを忘れて過した時期は楽しかったんじゃないのかい?』

 ラフの言葉。

 ああ、楽しかったとも。

 ここには息をつく暇も、考え込んでいる余裕もない。

 得体の知れない名前すら名乗らなかった男に居場所をくれるくらいに。

 いとおしい場所。

 

 海はとても優しいんだ。


 







 それでも、帰りたい場所はうろなのあの海。







 













『あっちゃん、家出してんのはいいんだけどさー。小梅ちゃんの結婚式にはケチつけないでよねー。心配ネタはごめんだからねー』


「あ。」

 忘れてた。

『あって、何『あっ』て! サイテーーー』


「もう少し、きれいにできたら少なくとも一旦、帰るよ」

 埃でくすんだ窓ガラスを古新聞でこすりながら答える。


 ここも海の音が聞こえる。

 海は広くどこまでもひとつ。

 それでも、ココも帰ってくる場所だけど、かえるのはあの町の海。

前田鷹槍のおじ様

梅原先生

話題としてお借りしました。

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