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10/28  飲み会②

 ラフは楽しそうに暁君に酒をすすめる。

 部屋呑みに移って早二時間。バーの途中からは五杯に四杯はソフトドリンク。

 部屋呑みに移ってからはノンアルコールチューハイや度数の低いものをジュース割り。

 それでも室内の酒気で酔いそうだ。

 暁君にはソフトドリンクを飲んでることがばれてるようで時々、視線が痛い。

 ちなみにラフも時々、薄いものにいったり、ちびちび減らしたりと姑息だ。

 気が付くとそういう時には暁君がじっと見ている。


 味わうというより自棄な感じで呑んでるなぁ。

 これで軽く酔ってる程度なら普段のじじいどもの相手は接待呑みか。


「ラフ。そろそろ本題に入ってもいいんじゃないか?」

「えー。まだ潰れてないじゃないか。潰れた後ぐらいの方が本音が引き出せていいかと思うんだけどねぇ」

「本音とは限らないと思うけど?」

 口調が普段より少し荒い。苛立っているのがわかる。

「芝居はさ、しきれなくなる。だから、演技をできなくなるぐらい呑もうね。アーサー。まだ余裕だろう?」

「一人呑んでるのはつまらない。ラフも信弘さんもろくに呑んでないのはずるい」

 その言葉に周囲の酒瓶を見回す。

 乱雑に散らかった酒瓶。

 ベッドの上で腰掛けたり胡座だったり思い思いに気楽だった。

 スタイルだけは。

「おつまみの差し入れです。追加オーダーはまだいりますね?」

「ひ、秘書さんも混じりませんか?」

 彼は瞬間、キョトンとするも表情をさっくり隠す。

「仕事中ですので」

「あー。問題を抱えた父親としての意見を一つ述べて行けー」

 ラフが行こうとした彼にそんな言葉をぶつける。

「抱えてませんのでわかりかねます」

「えー」

「五年ぶりに息子と会話をしましたが、元気そうでしたよ?」

「え!? いたの娘さん達だけじゃなかったの?」

「……プライベートですよね? お話しする必要性は感じられません」

 ご、五年ぶり。

「信弘さん、風に、少し当たってきてはいかがです? この部屋は空気が悪い」



 提案に甘えてエレベーターホールでソファーにもたれる。

「助かりました」

 彼が途中でカクテルをノンアルコールのものに切り替えてくれたり、部屋呑み用にそれっぽく見えるノンアルコールチューハイやビールの缶が混ぜられていたり、さりげなくスポーツドリンクを差し出してくれていたおかげで酔いつぶれてはいないのだから。

「お気になさらず」

「あの」

「はい」

「あの二人は」

「自分は臨時雇いの秘書ですので私的な情報は存じませんし、知っていてももらすわけにはいかないと答えるしかありませんね」

「それは、そうですね」

「ただ」

「ただ?」

「ウチの娘は嫁にやるつもりだけはありませんがね」

 取り出したタバコに火をつけてから、軽くこっちに会釈してくる秘書さん。

 こっちも『どうぞ』とジェスチャー。

「お年頃ですか?」

「まだ中学一年生ですよ」

「へぇ。そろそろ反抗期ですか?」

「いえ、昨日などは仕事のし過ぎ等に気を配ってくれて。いい子に育ってると思います」

 柔らかな笑みからは娘さんへの愛情を感じる。



 昨日?



「うろな中学に通っているんですよ。夏休み前に会って以来ですから。あの年頃は成長が早いですね」


 ラフの出没情報と雑談時に聞いた情報をあわせると九月の末にはすでにこのホテル暮らしをスタートさせていたはずだ。



 昨日?!



「あの、」

「はい」

「休日の過ごし方はどうなって?」

 彼は微苦笑を浮かべる。

「現状取れておりませんね」

「秘書業って……?」

「いえ、そちらの業務だけでしたら補佐役交代要員が三名、護衛兼運転手が三名おりますから何とか回らなくはないんですが、人材会社の海外支部に赴任したはずの自分がどうして日本ここにいるのかと思うと」

 微妙に乾いた笑い。

「アルコールに溺れて不用意なことをこぼすわけにもいけませんからね」

 にっこり笑ってカードキーを揺らす。

「がんばってください」

 なにを?!

 とは口にできず、なんとなく頷いた。


 戻った呑み部屋は相変わらず強い酒気に澱んでいる。


「おかえりなさい。信弘さん」

「おかえりーノブー」

 何か違和感。

「程よく酔ったところでー、ルームサービスで軽食とアルコールよろしく。モノは任せるよ」

「わかりました」

 さりげなく奥へ行くよう促される。

 他の部屋から注文は出すらしい。

 部屋はこざっぱりしていた。

 乱雑に散らばっていた酒瓶や空き缶はまとめられベッドメイクも軽くされなおしている。

 この時点でラフはソファに座り、暁君はデスクに備え付けられている椅子に座っていた。


 すごく場違いな場所にいる気分に駆られた。

 帰らせてください。







「さて、まずひとつ」

 ラフが軽くグラスを揺らす。

「どうぞ」

 穏やかでにこやかな表情で暁君が促す。

「アーサー、君の影響を受けた子供たちに同情する」

 テーブルに置かれるグラス。

 手元のグラスを持ち上げ液体を揺らす暁君。

「あの時の君は生き生きしてたよ。やりたいこと、したいこと。なりたいもの。ただひたすらに目的だけを目指していた」

 ラフのグラスの氷が揺れる。

「だからこそ、その中に女性が入る余地はなかった。友人とは遊ぶことはあっても大概が同様の趣味を共有できる同胞で。ちょっかいをかけてくる友人の妹は妹でしかなかった」

「それでも選んだんです」

 ポツリと呟いてグラスを煽る。

「そうだね、止めきれなかった私の友人はいまだに悔いているよ」

「義兄さんが悔いることなんか、ないと思うのに」

「むりだよ。君は進むのをやめてしまってるのだから。あの時の君は子供だったし、彼女も幼い感情と感覚だった。君の出した結論はあの家にとっては有益なものだったけれど君と彼女にとって最良だったかと問われれば違ったと答えれるよ」


「……いまさら」


「と、いうわけで、」

 ラフがにこりと笑う。

「ここに、離婚に必要な書類がワンセット。彼女の実家の弁護士とかも動員して親権については君のほうへ。彼女の面会権はむこうのご両親の方からしても認める気はないとの同意書。ただ、ご当人や親族の面会は認めて欲しいと聞いている。さぁ。アーサー、君はまだ若い。やりたいことしたいことは折れたまま消してしまうのかい?」


「離婚?」


 ぽかんとする暁君。

「そう、離婚。彼女は故郷から随分離れていたしね、帰郷したとしても表舞台からは遠いところにおかれる予定だし。彼女の名誉や家の名誉は傷つかない程度にほとぼりは冷めたということだね」

「彼女の意志は?」

「あの時、彼女は君の意志を確認したかい? そうでなくても彼女の『家』の意志であることは間違いない」

 ラフは柔らかく笑いながら実にきついことを言う。

 暁君が彼女に好意を寄せていない前提で。

「隆維と、涼維が欲しいのかと」

「もちろん、欲しいよ。そう、よかったよ。そのことを警戒する程度にはあの子達におもいをかけているんだね」

「無関心なつもりは」

「それでも、あの子達のことを忘れて過した時期は楽しかったんじゃないのかい?」

 暁君の言い訳を遮って朗らかに告げられる言葉の内容は実にきつかった。

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