夏の迷走
夏のまとめっぽいもの
鎮編 ちょっと長め?
うろなの町にきたのは小学校五年生の春。
新学年に合わせて二年間過ごした街から越してきた。
母さんと芹香はまだ日本にきていなかった。
二年間過ごした祖母のうちは雑然としていたけれど、あったかい大家族だった。
おじさんは「鎮はお兄ちゃんだからね」と、よく言う。
確かにほんの少し先にお母さんの中から外に出てきたらしい。
『お兄ちゃん』ってなんだろうって思った。
アメリカにいたお兄ちゃんたち。
上のお兄ちゃんはお母さんやおじさんより年上な大人。
下のお兄ちゃんは七才上。
お兄ちゃんってなに?
それでも、うろなに引っ越す二ヶ月前から一緒に暮らし始めた隆維と涼維。
おじさんのとこの双子。
話しかければ愛想はいいけれど、基本二人でいる。
それまでは他に人がいて、困らないようにしてくれた。
波織おねぇちゃんが「うろなの町ではしーちゃんが隆維くんと涼維くんが困らないようにしてあげなきゃね。お兄ちゃんだものね」そう言ってくれたから。
お兄ちゃんってそういうものかなって思った。
『大丈夫。できる』といつも言ってくれたさーやママと離れて、そこには、うろなの町には波織おねぇちゃんや他のおにぃちゃんたちはいなくてさびしい。
新しい学校は苦手だった。
周囲の人とは少し違う赤味の強い髪。暗い色の緑の目。
普通には困らないけれど微妙な言葉の差異を認識するのが苦手でどうしたらいいかわからなかった。
金居瑞穂と有坂健。
この二人がなんでからかったり笑ったりしてくるのかがわからなかった。
千秋はよく有坂と喧嘩になっていた。
お父さんとお母さんがそばにいないっておかしいのかな?
そんな小学生時代に、父親の存在を認識させられた中学時代。
一緒に暮らすようになったと言っても、母さんとの接触はほとんどない。
でも、芹香にさびしい思いはあまりさせたくなかった。
おじさんのところのミアちゃんとノアちゃんもちっちゃくてかわいかった。
『お兄ちゃん』するのも悪くないかと思いはじめていた。
初めて会う実父の兄だと言う人には学校帰りの公園で出会った。
梅雨時で雨が視界を暗いものにしていた。
その後は苛立ちが、どうしようもなくて周りが見えなくなった。
母さんのそばにいるのがイヤで家を飛び出した。
母さんが嫌いなわけじゃない。ただそばにいるのが辛かった。
泊めてくれたのは信にい。
信常じいちゃんがそばにいてくれた。
……外回りにこき使われたけど、その使われてる間は考える時間はなかった。
最終、上の兄ちゃんが芹香の告げ口でわざわざ来日し、切々とそりゃもう、コワいくらいに心配してくれて、鬼小梅の教育方針に感心した上で、何度も手を握って『シーのことをヨロシク』と、微妙な日本語で頼み込んでたのは黒歴史だと思う。
その後、鬼小梅にはスッゲーしごかれた中学時代。
剣道は楽しかったし、体を動かすのも好きだからいいんだけど。
図書室で没頭してるとよく叱られた。
まぁ部活の時間になってたのに気がついてなかったんだけど。
自分が嫌いでイヤになる。
大切にされて自分がイヤだと感じる。
そんな価値が自分に見出せない。
それなのに認められたいという欲求がある。
高校に入って剣道はやめた。
黒く髪を染めて、カラコン入れて周りに溶け込める色彩。
小学校時のように図書館と図書室。家の手伝いにばかりかまける日々。
本を読むのは好きだし、家にいれば弟妹達の様子もみてられる。
ただ、おやつ作りは千秋にとられてる。まぁ、やりがいを感じているらしい千秋の邪魔をしようとは思わなかった。
のんびりとおじさんが『水着コンテストの司会をやってみないか?』と言ってきた。
考えてみるとその時は答えた。
夏祭りでした仮装。
それでちびっ子達と駆け回った。
少し、疲れてきた頃、夏祭りの警備に当たっていた天狗仮面が混ざりに来た。
出没しはじめはしょっちゅう職務質問や任意同行を求められていたらしいが、最近は認知があがり、職務質問はグッと減ってきたらしい。
たわいない会話。
全力で何かにむかったことがあっただろうか?
迷いなく自信に満ちた話し方で、その言葉は何処か心に触る。
「全力、ねぇ」
やってみる価値はあるかもしれない。
とりあえず今は、
「皆、今こそ天狗を捕まえる時! 怪人カラスマントに続くがいい!」
天狗のにーちゃんを捕まえますかっ!
変わりたいのか変わりたくないのかはよくわからない。
わからないならわからないなりに目の前のことに全力をかけてみよう。
おじさんに水着コンの司会をやってみると答えた。
役場そばで知り合った一学年下の転入生。彼を水着コンの司会を一緒にやらないかと誘った。
静かにつまらなそうに誰ともあわせようとしてない様子が気になった。
芹香の友達のお兄さんだから。と言うだけの理由だけじゃなく、気になった。
周りとの話題にも使えるだろうし、ネタとして弄られることもあるだろうと思って誘った。
ただ予想外だったイベントとなると壊れたこだわりを発揮してくれるその性質。
ネタにしたり、いじったりするにはディープすぎるこだわり。
ちょっとまずったかと正直思った。
水着コンとしては正解以外の何物でもなかったけど。
振り回してるのか振り回されてるのかよくわからない日々、ビーチに海の家「ARIKA」ができた。
交代するように旧水族館はライフセーバーの人達のための休憩軽食提供処にコンセプトを移行する。
一応の住み分けのようなものだ。
おじさんは海で漂流した経験があるせいか、セーバーの人たちを優遇するのだ。
母さんがいきなり申し込んだ剣道大会の練習。
ルールがあるからルールが!
と説明すること数度。
母さんはマイペースに最低限のルールを覚える。
時々おじさんがふらりとやってきて苛立った母さんの気分転換用にルールなし打ち込みをやり合っていた。
RPGでおなじみの大剣を軽々と操る母さん。
細めのゆるい曲線を描く剣を振るうおじさん。
ただし、すべて寸止め。当たる寸前で当たったと見せかけて一切武器は打ち合わず寸止め。
余裕のある服の動きで切っ先を隠し、当たったであろう方はそれっぽく演技、行動する。
どちらかといえば、おじさんの動きのほうが余裕がある。
だから、怪我を負う、つまり負ける側の演技をしている。
実際に受けていない衝撃を受けたかのように反応再現し、不自然な動きを自然に見せる。
ちなみに武器はコスプレ用におじさんが根性入れて作ったレプリカ。
オンラインゲームの武器の再現らしい。
そういっちゃんがおじさんに「GWに追加された新武器を再現?!」と楽しげに食いついていた。
結構マジにディープ系?
照れたように『一応、弱小だけど、ギルマスしてるし』ときた。ディープ。
あとで持たせてもらうとそこそこ重量感もあった。
これで寸止め演技してんのかよ。
手招きされたそういっちゃんが棒のような武器を渡され、瞬間目をみはったかと思うと嬉々としていじり倒していた。
「おいで。レニーちゃん」
「いきます」
おじさんとそういっちゃんで殺陣ごっこ。
「レニーちゃん?」
首をかしげていると
「イベント会場での呼び名じゃないかしら? あっちゃんも、あっちゃんかアーサーって呼ばれてるわよ? ネットではアーサー・ハイドってHNでハイディって呼んでる人もいるけど」
母さんが教えてくれた。
「ぇええ?!」
千秋の声に驚いてそっちを見ると。
槍VS鞭の寸止めプレイ、でした。技術の化け物がいた。
「あはは。お母さんもさすがにあそこまで付き合えないわー。あ。さーやちゃんも棍とかの長物使わせたらうまいわよー。ただ、寸止め苦手だからあーゆー装飾武器では練習できないけどねー」
「おばさんたちが強いって不思議」
涼維の呟きに母さんは笑う。
「態度と存在と発言で十二分に凶悪なのに武力まであるのかよ」
半眼でぼやかれた隆維の呟きには軽く鞘で叩いていた。
「凶悪だなんて失礼ねぇ。非力な女のせめてもの護身手段よぉ」
という言葉とともに。
「非力」
誰かが呟いた。
心当たりが多すぎて誰が言ったかなんて誰も追及しなかった。
シャワーを浴びてお茶を飲んでくると去っていった母さんから呼びかけが来た。
「陸ちゃん達、来たわよー」
「え?」
「お?」
「涼維つぶれてるから行ってきたら?」
隆維が練習でばてた涼維を扇ぎながら促してくる。
芹香もそっちに向かったらしく鈴音ちゃんがレプリカ武器をのんびり見ていた。
海ねぇは相変わらずの海ねぇだった。
売り渡された空ねぇに同情しなくはないがこっちは買った側だ。これからの支払いもある。
うん。しかたない。
千秋も少し寛いだ感じで接している。
青空一家が帰って行った後。
「海ねぇってさ」
千秋がぽつっと呟く。
俺は赤飯入り紙袋を軽く振り回しながら言葉を待つ。
「胸。意識してない動きだよね。あれ」
はい?
あー。そう言われればそうかも?
「言っといたほうがいいのかなー?」
誤解とかするのが出てきたりしたら相手があとでどんな目にあうことか。
じっと見つめられる感覚。
「鎮って、そーゆーコト興味ないの?」
千秋が不思議そうだった。
興味、ねぇ。
千秋が言っているのが『性』的なことなのはわかる。クラスの話題も結構そういうネタは転がっている。
「海ねぇあいてに?」
「あー。むりかぁー」
軽く笑って、さくりと納得を示す千秋。
気分が悪い。
「そそ、ないない」
「なにがないのー」
芹香が見上げてくる。
「剣道大会を逃げる手段が見つからないんだよ」
千秋が困ったように笑う。
明るい黄緑の瞳がじっと見てくる。
「逃げようがあると思うかー?」
千秋の逃げに俺も便乗。そらされない瞳がゆっくりと閉ざされる。
「仕方ないわね。そういうことにしておいてあげる。ちゃーんと、覚えておきなさいよ!」
胸をそらして、両手を腰に当てて許してあげるを主張する芹香。
「べるべるー。おまたせー」
「なにを、おぼえてろというんだ。芹香の将来が心配だ」
駆けて行く芹香を心配する千秋。
芹香は大丈夫だと思うんだけどな。
でも、まだ小さいから。
本当はもっとちゃんと安心させてやりたい。
海の家「ARIKA」のオープン日。
夕方の五時を過ぎなきゃ学校帰りの着替え以外でお家にいてはいけません。外で遊んできなさいルールがあるというそういっちゃん達も手伝いに乗っかってくれることになった。
まぁ、コンテストの準備でバタバタ抜けたりすることを考えれば、人手かな?とは思う。
そういっちゃんはインカムを面白そうに眺める。
俺はカラスマントの衣装で動きに慣れようと思う。
『自然ななりきりはまず、形から。その装いを使いこなせるはずの人物が衣装に弄ばれちゃダメだから』
との事。
実際、ウチで動いてみたら、仮面による視界の制限とマントの細かい捌きでそういっちゃんからダメだしをもらった。
あとは、あまりぶれないキャラ設定を演じきること。
本人は出来るのかよ。とぼやけば、おじさんが「レニーちゃんは会場で男の子ってバレたことないよね」って笑ってた。
「アーサーさん!!」
気持ち慌ててるそういっちゃん。おじさんは笑ってた。それって…… 。
当日ぶっつけか衣装にキャラ設定は合わせるからとりあえず、俺のカラスマントを完成・ものにしておいてと言われた。
アリカで給仕をしながら、動きの練習。
時々、すれ違いざま捌き方の指摘・指導が入る。
そういっちゃんは問題なく、給仕をこなしている。
どうやら接客用の物腰の柔らかい対応はある種のキャラ設定に沿っているっぽい。きっと、あのインカムが切り替えスイッチに違いないって思う。
涼維のクラスメイトな天音ちゃんは隆維がフォローしていた。
ぱっと見、美少年が二人だ。
今日一日でそういっちゃんの小さな動きでダメ出しタイプ判断ができるようになった気がする。
……ちょっと傷つく。
剣道大会。
なんか、まともに剣道の準備をするのは久し振りだった。
隅の方で深呼吸。
そっと目を閉じて、会場の空気を感じる。
じっとりとした湿気。
ざわつく人の気配。
ふと目を開ければ、鬼小梅のブルマ姿発見。
果穂先生にまたごまかされたんだろうか?
その姿に悶える清水先生。
ま。外見相応で可愛いとは思うけど、口に出したら後が怖いから言わないけどさ。
向かい合った対戦相手は整体院の先生。
かなりできる相手なのがわかる。
静かな気迫。
この時点で勝てる気はしない。
そうは思うから気分を切り替える。
勝負ではなく、指導をもらうと。
負けると言う感情を排除して全力を指導してもらえばいい。
この人は強いんだからイケル。
そんなわけで負けてもわだかまりは感じない。
むしろ楽しかった。
気が向けばおじさんも対戦してくれるけれど、気がむけばで。
千秋は、うん。体力がない。
隆維は悪くないけど、怪我をしても自分で気がつかないことが多々だからできない。
打ち上げは『クトゥルフ』で。
大人組が華やかに盛り上がる。
お酒の入った美里さんが藤堂先生にアピール。
好きなんだなぁと思うけど、他の視線も集めてるし、服についた染み、アレ落ちるのかなぁ?
芹香が美里さんの胸を見て母さんの胸を見て、恵美ちゃんの胸を見て、自分の胸を見下ろすという行動を取っていた。鬼小梅はスルーか芹香。
それとそういうことを考えるのはまだ早い。
翌日、コンテストも近づいてそういっちゃんとそっちの話題になった。
途中で、困惑した表情、何かにふつりと切れたらしい。
わけがわからないなりについて回る。
商店街のおもちゃ屋で澄先輩に挨拶後軽く事情説明。事情説明のほうはそういっちゃんがしていて、その内容は俺はよくわからなかった。
「お。あいさつか」
「あ、高原のおっちゃん、体調へいきー? 暑いからあんま無理すんなよー」
おっちゃんと少しだべっていると、
「しず、置いてかれるぞ?」
と、澄先輩に言われた。
「うぉう。そういっちゃんってばっ! おっちゃん、またなー」
結構直前までそれの繰り返しだった。
気がつくと、商店街でそういっちゃん呼びが結構定着していた。
えーっと、俺のせい?
黒のドレスシャツ、ふわりとしたタイ。縁に細く銀の縁取りの黒マント。手袋も黒。顔の上半分を隠すカラスの頭を模した仮面に帽子がわりの黒布。
カラスマントの出来上がり。
頑張って盛り上げるぜ!
はじまりからノワールにのまれた。
何あのテンションとノリ。
俺もかなり物言いがアレだと言われるけど、その俺からしてもよくそこまで言えるなぁと思う。
冗談か本気か、多分八割がた本気で『利害の一致』発言だったんだと思う。
ストレートにその言葉をぶつけられて、混乱する。
でも、友人関係もある意味利害の一致だよな!
それだけだ。なんて思いたくはないけど。
天音ちゃんに同行を頼まれて行った森の中。
黒猫に案内された先で出会った白い少女はふんわりと綺麗だった。
白さゆえにどこまでも映えるあかい瞳。
緑の森のふわふわな白兎。
ちょっと和んだ。
気にならないって言ったら嘘になる。
怯えた眼差しと逸れたとはいえ投げつけられたグラス。
スッと消えた感情の色。
後悔しているのがわかる。
さーやママに言われて生来の色に髪色も戻した。
カラコンは気がついたら見えなくなってた。
でも、ここまで怯えられるならこの色じゃなきゃよかったのに。『自分の色を偽らないで。自分を否定しないで』でもさ、この色は母さんがこわがるんだ。
ガラスを片付けて、一声かけて部屋を出る。
袋にまとめた硝子ゴミがガチャリと音を立てる。
気分は沈む。
何かに足を取られてバランスを崩した。
滑り落ち、ガラスが袋を破って散らばる。
その上に、体を支えきれず手をついた。
血が散った。
投げつけられた時は怪我しなかったのにと思う。
佇んで硬直している足が見えた。
「セリ」
隆維か涼維の声。
片付けるようにと指示し、芹香はそっちの家へ連れて行けと頼む。
千秋が、ぐちゃぐちゃうるさかった。
傷薬がしみる。
結局、ダメだと思う。
全力をかけるってなんだろう。
だからもう
「いい」
千秋の前にいるのもイヤで家を出た。
ぶらりと夜の町を歩く。
「あー。シズ君どーしたのぉ?」
ライフセーバーのお姉さんが笑って声をかけてくれる。
「えー。家出中。おねーさん、泊めてくれる?」
呑みの帰りで酔ってるのか、楽しげに笑って、こっちを見てくる。
「しょーがない。おねーさんが泊めてあげよう」
「知らないおねーさんはダメよぉ〜」
二人組みのおねーさんは楽しげに笑いながら泊めてくれた。
「去年は助かったしね」
「アレから大丈夫だったの?」
「年下趣味で純日本人はダメなミーハーって勝手にあきらめてくれたのよねー」
去年、少ししつこいおにーさんにまとわりつかれていたところを恋人のふりをして追い払ったのがおねーさんたちとお付き合いのスタート。
後は時々『酔っちゃったから迎えに来て』とかそういうメールや電話で振り回されている感じだ。
振り回してくるかわりに必要かと思った時に抱きしめてくれる。
ぎゅうっと抱きしめられる。
「染めたのかな?」
「んー。元々この色。黒に染めてた」
しばらく意味のない会話を交わしてタオルケットを一枚貸してもらって眠る。
髪を撫でられる感触を感じながら眠る。
朝起きれば、そこそこの時間。
おねーさん達が笑って「ラジオ体操遅れるわよ」「今日もカラスマント?」と尋ねてくる。
カラスマントの仮面は便利だ。
表情を押し隠すことができるから。
空ねぇに心配されたりしてて気が付く。
千秋と喧嘩してると思われていると。
ケンカじゃない。
ただ、俺が俺を認められないだけ。
ショッピングモールでの待ち合わせ。にぎやかな人ごみ。天気は気にしなくていい場所。簡単に接触できて簡単に『さよなら』ができる場所。
「会えて嬉しいわ。シーズメ」
ひらりと手を振ってくる女性。
暗い真っ直ぐな赤毛。淡いグリーンの瞳。
出会い頭に抱きつかれてキスされた。
「おねーさんは弟くんに会えて嬉しいわ。わたしはロバータ。あなたとはお母さん違いのお姉さんね」
注目されていたとしてもセリフはあんまり聞き取りにくいように落とされた声量。
にこりと伺うような眼差し。
「すぐわかったわ。パパにそっくり!」
手を叩いて嬉しげにすり寄ってくる。
そのセリフにぞくりと寒気が走る。
「どうしてもの要件があるんじゃないんですか?」
声がこわばる。
「そうね。会えた嬉しさでお仕事を忘れちゃうとこだったわァ」
わざとらしく感じるクスクス笑いがどこか耳障りだ。
「伯父様がね、お祖父様お祖母様と相談なさって組まれた貴方達への信託基金とお父様が亡くなられたことで生じた相続財産の問題で出来れば貴方達二人のサインが欲しいの」
「放棄、しろ。ですか?」
差し出されていた筆記具を手に取る。
ロバータは笑う。
「いいえ。運用委託団体への委託継続サインよ」
わからなくて動きが止まる。
「彼らはね、貴方達のどちらかに家を、名を引き継いで欲しいと思っているの」
「あんたがいるだろ?」
姉を名乗った。父親が同じだと。だからそれでいいと思う。
「いやぁね。わたしじゃ先が望めないからよ」
コロコロと彼女は笑う。
「わたしね、生まれた時、ロバートって付けられたわ。お父様と思っていた人はそうじゃなくてその事実に耐え兼ねた母は、私の目の前で死んだわ」
反応しきれなくて呆然としているとロバータ・ロバート?は嬉しそうに笑う。
「いいわねぇ。貴方達のお母様はまだ生きていて」
ぶつけられる悪意。
とても痛い。
「にいちゃんの母さんも酷い目にあった人だったの?」
かつて調べた情報。
母さんの時が初犯ではなく何度か繰り返されていた犯罪。
十代のはじめから半ばごろまでを対象とした性的暴行。
母さんの時はそうではなく、殺人罪であり、母さんの立場は被害者でなく目撃者。
書類上は被害者ではない。
どうしてそうなっているのかは知らない。
でも、父親が同じだと言われた時点で気がつくべきだったのかもしれない。
「おねーさん、よ」
苦笑される。
「わたしはね。あのうちは潰れればいいと思ってる。だから、相続して全部搾取してぶち壊してくれると嬉しいかな?」
自分には無理だからと彼は笑った。
手渡された書類袋。
「一応目を通してね。和訳はしてあるけどわからなければメールをくれればいいわ」
書類を眺めていると潤さんが覗き込んできた。
「うわっ。こまかっ」
「どうかしました?」
書類をまとめて袋にもどす。
「別に邪魔だなんて思ってないってことをまず覚えておけよ?」
妙な前置きをされた。
邪魔にされたと感じたことはないし、頷いておく。
「シズはさ、どうありたいんだ?」
疑問符が飛ぶ。
どうありたい?
「俺はさー、好きに自由に生きていきたい」
潤さんってかなり自由だと思うんだけど?
「家族も大切で守りたいけど縛られたくもない」
「桐子さんは?」
ふと、家族枠に桐子さんが入ってるのかがわからなくて聞いた。
黒い瞳がまっすぐに見据えてくる。
「好きだよ。だからこそ縛りたくて縛りたくない」
「わけわかんねぇ」
笑って、撫でられる。
「ま。プロポーズは三回ほどしてるんだけど断られ続けてるんだよねー。なんでかなー?」
ぽかんとする。
「まずはまじめに仕事しろよ!!」
このダメ大人っ!!
ロバート兄ちゃんからメールがきた。
書類の件を千秋にも説明したかどうかの確認メール。
『声も聞きたくない』と投げつけてしまって今ぎこちないからと言うと即座に電話が鳴って。
『ばっかじゃないの~。楽しいけどおねーさんの仕事の邪魔はよろしくないのよ~』
と、笑われた。
ロバート兄ちゃんの仕事は管財団体の窓口的な役職らしい。
身内がやってていいのかと聞くといろいろ権利放棄書類にサインしたうえで職についた。と言っていた。
いきなり始まったビーチでのアクションショー。
個人的には三度目。
水着コンも含めれば四度目。
返ってくる答えはノワールとしてのものなのか、宗一郎としてのものなのか判別がつかない。
人に見せるのに効果的になる動きをかすかな動作で伝えてくる。
動きについては完全にコントロールされたショー。
だけど、言葉は本気で。
指示に入ってない誤差の中で手を差し伸べる。
「友達だと思っているやつに拒絶されるのも嫌だし、その友達を蔑ろにされるのも腹が立つんだよ!」
総督に向かって叫ぶ。
そう、イヤなんだ。
「はいはい。お疲れ様でした。あー、でも今年はさー、本当頑張ったよね。水着コンもビーチでのカラスマントもさ」
面倒くさげな千秋の言葉。
ああ。ほっとする。
うん。途中へばったけどさ、がんばったんだ。
いろいろお借りしました。
問題がありましたら連絡お願いします。




