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10/20 葬儀

 制服に着替える。

「千秋」


「いってらっしゃい」

 呼びかければ、真っ直ぐで心配そうな視線とかち合う。


 意識はにゃんこに切り替えたいのに、隆維の放った「父親に会いたい」という意味の言葉が渦巻く。

 その言葉と対応はおじさんを父親と認めていないと語っていて空気が冷えた。

 その上で涼維がその言葉を否定することはなく、対応は「それを言っちゃうのは抜け駆け」みたいなノリでいろんな意味で声のかけようがなかった。



 人けは少なく線香の匂いが鼻につく。


 死の儀式の場。


『起きないの?』

『もう、起きないな』

『一緒にお花を見ようって約束したよ?』

『見に行けばいい。アレはお前と共にいる』

『あそこで、寝てるのに?』

『嫌か?』

『起きてくれるの?』

『起きてはこない。それでも、お前のそばにも、わしのそばにもいつだって一緒だ』

 ずいぶん昔のやりとり。

 教えてくれた人も今はもういない。



 一緒に聞いていた千秋は覚えているんだろうか?


 見かけた喪服の少女に頭を下げる。


 思い浮かぶのは向日葵のような鮮やかで太陽を追う晴れやかな笑顔。


 閉じられた棺。


 どうかやすらかに。


 千秋を連れてきた方が良かったのかもしれないと思いはよぎる。


 町長と秋原さんを見かけたので軽く頭を下げておく。


 ちらほらと人の姿は少ない。


 少し場所から離れれば、コソコソと「不良だったし」「閉められてたよね」まるで話題のためだけに来たのかという言葉が聞こえる。


 天気はいい。


 秋の空気が澄んでいる。




 ◆◇



 キッチンで下ごしらえした肉を焼く。

 いったん皿にあげて、野菜を炒める。

 調味料の分量はいつもどおりに。

 パンにチーズをのせて焼いたチキン、ピーマンパプリカ。

 そして焼く。


 使い捨てのランチボックス。

 綺麗につめて包む。

「千秋兄?」

「ちょっと散歩行ってくるね。母さん研究室の方だけど、ひとりで大丈夫?」

「うん、平気。いってらっしゃい」




「鍋島さん。サツキさん」


 通夜やら葬儀やらに近づけば感情を抑えられる自信がなくて、行かないことを選択した。



「ちがう、なぁ」


 証拠が見たくないのだ。

 もういないと言う事実を認識したくない。

 そんなときに背後からかけられる声。

「食っていいか?」

「ダメ」

「腹減ってんだけど?」



「蹴っていい?」

「まて。紙袋を振りながら欲しけりゃ蹴られろ発言はどーかだと思うぞ?!」

「健が馬鹿なコト言うからだろう?」


「お。コロッケとジュース」

 受け取った健がコロッケを齧りながら一定の距離をとって座る。

 海岸沿いのあまり人の来ない死角。


「鎮?」

「んー。まぁな。保険だろ? 千鶴のこともあるしな」

 監視がつくのはいい気分がしない。

 吸う?とばかりにタバコが差し出される。


 軽く首を振る。


「こないだはスッていったろ?」

「吸うためじゃない」



「鍋島かぁー。殺しても死ななさそうだったのにな」


「……死んでないよ」


「はぁ? ナニ言って」

 言葉を続けさせる前にタバコを奪う。

 残念なことに奪った瞬間に距離を大きく開けられる。

「ったく。馬鹿なこと言ってんなよな。ちゃんと現実見ろよ」

 イラつく。

「表で大人しくして裏で荒れるって言うのだって馬鹿だと思うけどな」

 イラつく。


「もう、いねーんだよ」


「だまれよ」

「だまるギリはねぇよ」

 イラつく。

「ま、ほどほどになー」

「殴らせろ」

「断る!」


 ため息が出る。


「静かに考えさせろよ。これでも理解しようとしてるんだから」

「ばっかじゃねーの。何にもかわらねーよ」

 ジュースを無造作に煽った健がいきなりむせこむ。

「おまっ、最悪っ! 勝手に後追いでも何でもしちまいやがれ」

 妙な捨て台詞を吐いて健はどこへともなく消えていった。


 空を見上げる。


 自分がずるいのは鎮に言われなくてもわかってる。

 健に言われる筋合いはもっとない。

「好きなんだよ。変われないんだよ。変えれるようになる日が思い浮かばないんだ」

『好き』が『好きだった』になる日が想像できない。


 サツキさん。




鍋島サツキさん

狐坂奏さん

町長さんと秋原さんお借りしました。

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