秋雨はやまない
告白文
『忘れちゃダメだよ』
なにを?
僕は忘れていない。
でも、
いないんだ。
『千秋が悪い』
僕は悪くない。
鎮のクセに。鎮なのに。
ウルサイ。
うるさいから悪いんだ。
鎮ばかり。
かあさんもおじさんもみんな鎮ばかり。
鎮を傷付けたと慌てたり、好きにさせつつフォローしたり。
『放っておけ』自己判断を重視するおじさんらしいよね。
チビたちだって結局鎮を優先する。
「ダメですよ」
さらりとした白のカーテン。
雪姫さんの白い髪。
「大丈夫だって、言ったのになぁ」
鎮はどうして来たんだろう。
ぐるぐるしていたものが静まる。
その存在感に安心する。
「大丈夫じゃないです」
え?
「私は何も知りません。でも、千秋さんは大丈夫じゃないです」
「見たくないなら、聞きたくないなら、それでいいです。でも、笑顔がとても痛いです」
えがお
そぅ、
「サツキさんの、笑顔はいつだって眩しくて楽しそうで、見ていると幸せで。少しでも見ていたくて、笑顔を見てると他のことなんかどうでも良くて……好き、で……」
胸が痛い。
「なのに、サツキさんに会えない。あの笑顔がもう見れない。嫌われるのがこわいとはじめて思った。誰よりも触れたいのに、嫌われたくなくて嫌がられたくなくて。でも、それでも良かった。サツキさんのコトを見てられるんなら本当にそれだけで幸せだったから」
「雨の中、燃え……て。僕は知らなくて何もできなくて。助ける力も調べる力もなくて、ただ、感情に流されてるだけでどうしようもないよね。サツキさんが望むならなんでも叶えてあげたいって思ってたけど、結局、僕にできることなんてほとんどないんだよ」
サツキさんはとても優秀だったし。
明るく、元気で親族の失踪なんて感じさせないくらい気丈に振る舞える強さがあって。
僕の料理にだって気をつかって付き合ってくれてただけかもしれない。
「せめて迷惑になってなかったらいいんだけどね。もう、確認もとれなくなっちゃったから」
灯りのついてない室内は暗い。
静かに降る雨の音が聞こえる。
ダメなのはわかってる。
それでも、
「『かえしてくれる』って言われたらなんでもしそうな僕がいるんだ。たとえ、サツキさんに僕が会えないって言われても、居てほしいんだぁ」
「会えなくても、そばにいれなくても、生きて、……居てくれたら、それだけで、幸せだから。欲張らないから。なんで。なにもできないんだろう」
指先が冷たい。
「僕が好きになっちゃいけなかったのかなぁ」
雪姫さんの手を感じる。暖かい温度。
「千秋さん」
「ありがとう」
何か言われる前に言葉を塞ぐ。
聞きたくないんだ。
「でもね、好きになっちゃったんだ。嫌われるのがこわくて触れるのも嫌われたくなくてようやく手をつないだだけで……。抱きしめるもキスも出来なかった」
ひとつ息を吐く。
水着姿は本当は致命的だった。
他に見てる奴がいるのが嫌だった。
閉じ込めてしまいたかった。
やってたら嫌われてた自信はあるけど。
結構ウチって防音のきいた秘密スペース多いからできなくはないんだよね。
でも、実行してたら嫌われたかもしれないけど、生きててくれたかなぁ?
「もう、どうしようもないことだけどね。結局何もできなかったんだから」
すんなり水が喉を落ちていく。
「ああ、してたら、こうしてたら。済んでしまった過去に手は入れられないのに考え出すと止まらなくて困るね。ああ。サツキさんに伝えられなくてよかったなぁ」
「もう、何があってもサツキさんには届かないから。サツキさんはいないから。サツキさんが傷つくことはこれ以上ないから」
サツキさんはいない。
痛みも苦痛も何もない。
最後は避けられていた。数回、本気で監禁計画を立てたけど、実行しなくて後悔するはめになるとは思わなかった。
なんとなく察したのか、無意識か鎮に邪魔された。
「サツキさんがいれば他は何もいらないくらい、好きなんだ」
もう、サツキさんはいない。
サツキさんが他の誰かを見ることはない。
誰かの横で幸せそうに笑う姿を見ることもない。
だれも、もう、サツキさんに触れることはできない。
もう避けられることも嫌われることもない。
「一人の人を好きになって、とても今、痛いけれど、それでも、その痛みも幸せなんだよ」
こんなことを聞かせて申し訳ないような気もする。
「雪姫さん、ありがとう」
聞いてくれて、こんな吐露を聞かせてしまってごめん。と続けたかったのに意識がそこで途切れた。
雪姫ちゃん、お手数をおかけしました。




