8/11 閉店時間のARIKA
「刻むのと、潰しきるのどっちがいいかなぁ?」
「まずは半々で割合確認してみたらぁ?」
海ねぇが背後から覗き込んでくる。
ひとすくい舐めて首を傾げられる。
「コレ、何とあわせるの?」
「寒天ゼリー。味付けはフルーツ果汁」
加藤先輩が作ってるやつだ。
「んじゃ、食感は残った方がいいから3:7か4:6くらいじゃない?」
今日は海ねぇに水族館で提供するランチメニューの料理についてちょっとアドバイスを貰っていた。
やっぱり美味しいもの食べて欲しいしね。
今日は最近出かけてることの多いおじさんが帰ってきてるからうちに子供だけが残ってるということもないしね。
母さんは当てにならないし、ルシエおばさんはいつ呼び戻されるかわからないし、
鎮は家出中だし。
しっかりしてるとはいえ、隆維と涼維だけじゃ少し不安が残る。
さーやおばさんがいることはいるが、まだ、チビどもとのパワーバランスが安定してないから安心できない。
あー。
さーやおばさんに『夏休み中に進路を考えておくように』って言われてたっけ。
おじさんも母さんもそんなこと言わないからチビどもの戸惑いは半端ない。
『ナニ言ってるの?』ってのりだ。
学校で『大きくなったらなんになりたい』とかは基本スルーしてるんだろうしなと思う。
卒業したらどうするか。
ぽんと頭を叩かれる。
「全部潰す気かー?」
あ。
しまった。
「太陽ちゃん」
母さんの声。
「あれー。あーやちゃんどうかしたー?」
「太陽ちゃんが初恋な信弘君にストーキングされる!」
衝撃の暴露と不穏な言葉。
ばふりと軽い衝撃音。
母さんが太陽さんに抱きついたらしい。
なんか恥ずかしい。
少し遅れてきたらしいのぶ先生が声を上げる。
「人聞きの悪いことを!」
うん。人聞き悪いし、さすがにないよね?
文句を付けた後、陸ねえや太陽さんに「どうも」と挨拶をしてた。
「えー。私が初恋って人聞きが悪いのぉ~」
「ぇ? いや、そこじゃなく」
「ひどいわぁ」
「太陽先輩……」
うわぁ、先生かわいそう。
母さんと太陽さんのコンボはきつい気がする。
太陽さんと宇美さんじゃ随分、タイプが違うよなー。
つい厨房でしゃがんでしまう。
海ねぇは笑ってる。
恥ずかしいんだよ。
「鎮君とトラブっただろ?」
のぶ先生の声。
ざっくり本題を切り出すことにしたらしい。
って、母さん?
誰とトラブったって?
いつ?
あ、海ねぇ、見下ろされても俺もわかんない。
「彩夏ちゃ……」
ぱしんっと打ち払う音。
「いや。 しらない。 だめなの」
うわぁ。どうしよう。泣いてる。
母さんが泣いてる。
三つの単語を繰り返しながら泣く声は正直きつい。
「千秋君、いたのか」
気まずそうなのぶ先生の声がふってきた。
見上げると苦笑する先生。
「海ちゃん、なんか甘いもの頼めるかな? あとアルコール」
それからこっちを向いて「何か知ってる?」とばかりに首を傾げる。
首を振る。いつ何があったかなんて想像できない。
でも鎮と喧嘩したあの日、なぜか持っていた割れガラス。あのガラスはどこで割れたものだったんだろう?
「こわくなって、謝らなきゃ、とめなきゃって思うのにすくんで……。うごけなくて」
泣き声に混じって違う言葉が入り始める。
混乱が過ぎれば少し落ち着いてくる。
接触は少ないとはいえ、それなりに付き合いはあるのだ。
折り合いをつけないと参ってしまうとも言う。
視界に入る自分の暗めの赤毛。
そういうことかと苦笑がもれる。
つまり鎮は母さんが落ち着くまで帰ってこない。
クトゥルフの夜。
サツキさんを餌にメインは『父親』の話。
想定はしても深く考えることは放棄していたジャンル。
つまり
「僕らが母さんの恐怖心や不安感を誘うんだな」
ああ。
口に出すと痛いな。
泣いてほしいわけじゃない。
無理して笑っていてほしいわけじゃない。
愛情がないわけじゃないのはわかっている。
それ以上は望まないと決めていること。
「痛いよ。海ねぇ」
ふってきた拳骨。
「ばーか」
海ねぇの拳骨で何とか浮上。
俺まで沈んでも仕方ないしね。
海ねぇには小さく「サンキュー」といっておく。
表情が渋いのぶ先生。
説明したくても、答えはもってないんだよねぇ。
「鎮の言い方からだけだけど、母さんの身に降りかかった不幸の結果が俺達、なんじゃないかなぁ?」
そういえば
「養子や里子にって話も昔はあった気がするし」
そういう事情なら普通に出てくる提案・話題かー。納得。昔は何でそんなこと言われるのか不思議だったんだよね。
養子先、芹香の異母兄のとこだったけど。
「たぶん、鎮の方が詳しい」




