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8/11  夜のビーチで逃げられた。

連続信弘氏視点

「誕生日おめでとう。暁君」

 少し思わぬ言葉を聴いたかのような表情。

 間を置いて笑顔。


「ありがとうございます。信弘さん」

 祝いの言葉をかけられたのは久しぶりだと笑う。


「でもな。たずねてきたら、屋上の柵間際でボーっと立ってるのは心臓に悪いんだが?!」

 暁君は不思議そうな表情で笑う。

「高いところも好きなんです」




 ◇






「あー。信弘君だー。水着コンぶりだねー。彼女さんとはうまくいってるー?」

 彩夏ちゃん。

 栗色の髪が柔らかくゆれている。スカイブルーのスラックス。黒地に紅い蝶の線画が踊るチュニック。

 適当に選んだ感の強い装いだ。

「久しぶり」

「うん。ほんとー」

 視線を合わせてはくれない。

 居心地悪そうにそわついてるのがわかる。

「彩夏ちゃん。何があったの?」

 千秋君の時に暁君は「父親」の問題と言ってた気がする。


「鎮君が家出してるのは……」

 違うな。

 言いたいことは。

「彩夏ちゃんはまっすぐなままがいいよ。最後にくれた手紙。『頑張る』って書いてあったよね。返事は書いたけど、なぜか宛先不明で返ってきた」

 今、思えば、アレは『頑張る』ではなく『助けて』だったのかもしれない。

 気がつけなかった『SOS』

 返事は届かなかったけど。

「あー。あれはなんでもない。アメリカのほうへ留学先の移動だったから気合を入れようと思って。ごめんねー。心配させてた?」

「今でも心配なんだけど?」

 手を伸ばし一歩進む。

 彩夏ちゃんはゆっくりと二歩下がる。


 かすかに感じるのは怯え。


「彩夏ちゃん?」


 くるりと方向を変え、走り出す。

 日も暮れて街灯の灯りとかすむ星明り。

 あの方向は『ARIKA』。



 らしくないと思う。

 まさに、逃げるなんてらしくない。

 心のうちを隠し切ることもなく零している姿はらしくない。


 彩夏ちゃんにはまっすぐに。傲慢なほど自信たっぷりでいて欲しいと望むのはおかしいんだろうか?






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