8/5 夏の部活動
バターを引いたフライパンの上で踊る野菜。
美味しくなれと思いを込めて。
「食べて欲しい相手は鍋島さん?」
柳本がエプロンのリボンを結びながら悪戯猫のように笑う。
ひとつ息を吐く。
「もちろんその通り。特別にそのための練習作品を他に提供してもいいということにしたんだよ」
もちろん、これは大袈裟な回答だ。
でもサツキさんには最高の出来のものを食べてもらいたい。それも本音。
「うっ」
鍋の前で早川くんの呻きが聞こえる。
そっと背後から覗くとゆで卵から白身がふよふよと泳いでいた。
今回のゆで卵は全滅か。
岡本さんはぽろぽろ泣きながらタマネギを刻んでいる。
村瀬さんが心配そうに「かわろうか?」と尋ねている。
そのそばで鈴木部長が揚げ物に手を伸ばしている。
「つまみ食いはダメよね」
先輩が部長に注意する。
ゆっくりと寒天を混ぜる手は止まらない。
とにかく騒がしくバタバタしている。
部長は掃除してればいいと思う。
岡本さんの妹が友達の男の子とテーブルを拭いてくれている。
男の子の名前は山辺いずるくん。
天音ちゃんの弟かと思ったらきっぱり否定された。
得意気な表情で「天音ちゃんと鈴音ちゃんはぼくの姪っ子」と宣言するのを見てると微妙な表情になってしまう。
特に岡本さんは思うところがあるのか苦笑している。
「ねぇ、千秋君」
先輩が寒天に果汁を注ぎながら呼んでくる。
「はい?」
「鎮君と喧嘩してるんだって?」
柳本、鈴木部長、一年生の二人はテーブルチェックやつり銭チェックで今ココにいない。
たぶん、話を流したのは逸美だろう。
「仲直りしたいんならちゃんと話さなきゃダメだよ?」
「俺、別に悪くないんですけど?」
俺が譲らないといけないと思うとむかつく。
先輩が小さく笑う。
「鎮君の好みそうな甘いお菓子、捌けなさそうなくらい作ってるくせに」
体力仕事のライフセーバーの人たちは結構甘いものを好む。
だから、これは鎮のためじゃない。
だいいち、ちゃんと捌ける。
それに話をする気がないのは俺じゃなくて鎮だ。
これは言い訳じゃなくて事実だ。
「別にいつまでも喧嘩をしてる気はないですよ? 適当に折をみて泣かせるのは決めてますから」
ほんとにあんの馬鹿は面倒をかけてくる。
ふと思ったより沈黙が長い気がして顔を上げる。
なぜか周囲から生ぬるい微妙な眼差しで見られていた。
なぜ?!




