首の無い騎士ー4
セシィの立ち姿はとても綺麗だ。
真っすぐと伸びた背筋にすらりと長い手足は、たった10歳の女の子に見えない。
動くたびにキラキラと光る長いピアスの軌跡にまで品がある。
男性用の礼服を纏う彼女はルイーザのいう淑女ではないのだろうけれど、光が流れるような仕草一つ一つは、きっとルイーザがローゼリアに求めているものなのだ。
それはすべて、彼女が自身の手で磨き上げた光の粒。
指先で水を操るその魔法のように、彼女が積み上げた努力の形だ。
パチン、と宙に浮いた水の球が弾けた。
まるでシャボン玉のように軽く弾けた後、キラキラと光るのを見ながら、ローゼリアは瞬いた。
「きれい」
思わず溢れた一言に、セシィは優しく笑うと指を振る。
すると、ふわふわと浮いた水の塊が形を変え、子兎のシルエットになる。ぴょんぴょんと跳ねる水兎にローゼリアが笑うと、セシィもにこりと笑った。
「可愛い」
「お気に召しましたか」
「ええ、とても!」
ある日、「魔法を見た事があるか」問うたのはセシィだ。
ローゼリアが首を振ると、心得たとばかりにセシィは一つ頷く。
そうして彼女が指をふると、どこからともなく現れた水が宙で踊るように輝いていた。
「凄いわセシィ! 本当に綺麗!」
「セシィのように水を自在に操るには、かなりの技術がいるんだよ。」
両手を叩いて破顔するローゼリアに、まるで自分のことのようにリオネルが胸を張る。
セシィは苦笑しながら魔法を解いた。
「恥ずかしいから止めてリオネル。お兄様はもっと繊細な魔力操作も、寝ながらだってできちゃうんだから」
「城の魔法騎士隊で隊長を務めていらっしゃる方ね?」
ええ、とセシィはローゼリアの前に膝をついた。
「ローゼリア様や陛下をお守りする名誉をいただいております」
おどけたように言うセシィに、ローゼリアは、それはどうだろうと口には出さずに小さく笑う。
魔法騎士隊は、剣と魔法の両方に秀でた者だけで構成された組織だ。
国で最も優秀な集団である彼らが守るのは、王と、王の寵愛を一身に受ける側室。そしてその愛娘だけ。そこにローゼリアは含まれない。
だってローゼリアは、セシィの自慢の兄の顔すら知らないのだ。
「……光栄だわ」
けれどそれを言ってなんになるだろう。
応急の端っこで惨めったらしく生きていますと、美しい顔に縋ったところで、ただただローゼリアの自尊心が傷つくだけだ。
兄のことが大好きなのだとよくわかる、好意を隠しもしない笑顔に、ローゼリアは目を細める。
光のようなひとだ、と思った。
愛されている自信、他者が自分を愛している自信が、彼女を彩る。
だからセシィは、こんなにもキラキラとしているのだ。
それはつまり、ローゼリアには逆立ちしても真似できない輝きだ。
声に出せば卑屈だと言われるだろうが、それはローゼリアにとってただの確認作業にすぎない。当たり前は当たり前の顔で、時間を流してゆくだけなのだから。
「……セシィ」
「はい、なんでしょう?」
でも、それでは駄目だ。
当たり前を、時間を、無為に見送ってはならない。
ローゼリアは、信じてくれる思いに報いる王女になることを決めたのだ。
どうせ、と諦めて俯いて、やる気にならないなんていじけるのは止めにしたのだ。
逆立ちしても駄目なら、バク転までするしかない!
「わたくしにも魔法は使えるかしら」
さあ、と風がベールを揺らした。
「……あの頃のわたくしは、自分の……そうね、居場所というのかしら? 身の置き場がわからなくて……一つでいいから自分で何かを勝ち取ってみたかったのです」
ローゼリアがベールを抑えると、トレーヴェンが指を鳴らした。
途端に、周囲から風がなくなる。
「お嬢さん、風邪ひかないでくださいね。」
「……わたくしより殿下の身を気遣うべきだと思うわ」
ローゼリアのため息など、そよ風にも及ばない執事を睨んでいると「殿下……?」と不満そうな声がする。ローゼリアが視線を向けると、美丈夫がくたりと眉を下げている。
腹違いの兄の、計略を疑うのも馬鹿馬鹿しくなるような悲しげな顔に、ローゼリアは笑いを飲み込んだ。
「お兄ちゃんは寒くありませんか?」
「ああ、お兄ちゃんは何ともないぞ! トレーヴェンの防御結界は違和感もないし、快適だな」
ぱあ、と広がるアーネストの笑みは、美しいだけでなく人の心をあっという間に掴むだろう朗らかさがある。
思わず目を細めてしまいそうな、眩い笑顔。
最も、今のローゼリアは目を細めることはおろか、目を閉じることさえ、できないのだけれど。
「……お兄ちゃんは、セシィと少し似ています」
「それは光栄だ」
光を体現するような、光の先を指差しているような、追いかけたくなる笑顔と存在感は、ローゼリアを惨めにする。馬鹿馬鹿しいことだ。
「……セシィのおかげで、わたくしは魔法を使えるようになりました」
「ローズの師というわけだな」
ええ、とローズは頷く。
「……夢のような時間でした」
思い浮かべるたびに、胸が暖かくなる。
「彼女はわたくしに、植物の魔法との相性が良いことがわかると、とても喜んでくださいました」
『私の水の魔法と相性が良いんですよ! 二人ならリオネルを倒すこともきっとできるわ!!』
あのときの、「俺になんの恨みがあるの」とぶすくれた顔をするリオネルはとても可愛らしかった。
「土いじりを教えてくださったのもセシィ」
『私はよく池に浸かります』
真顔で言うセシィに「浸かりすぎて叱られても堪えないんだよなあ」とリオネルはしらけけた顔を向けるが、セシィは気にもとめない。
「強くて、綺麗で……」
その美しさを信じてやまなかった。
誰にも手折られることはないと、ローゼリアは信じていたのだ。
セシィは、あの日々は、ローゼリアにとって愚かで無邪気な子供心の象徴であった。
「……セシィがいなくなった日をのことを、今もよく覚えています」
忘れられるはずもない。
あの日から全てが始まった。
かろうじてぶら下がっていたローゼリアの王女としての人生は、あの日決定的な終わりに向けて動き出した。忘れられるはずがないのだ。
「母が、死んだ日ですから」
ひっっっっさしぶの更新で申し訳ないです。
ぽつぽつと頂ける声が嬉しくて、ちょっとずつまとめておりました。
そろそろ形になってきたのでお披露目です。
またお付き合いいただけましたら嬉しいです。




