首の無い騎士ー3
人は見かけで判断してはいけない、という。
あれは真実ではないな、とローゼリアは瞬きをした。
例えば、安い生地の流行遅れの服を身に着けた貴族が、無能だとか頼りないとかそんな事は判断できないし、流行の最先端である豪華な服を身に着けた貴族が優秀だとも限らない。
また或いは、真っ赤な派手派手しいドレスを身に纏ったレディの性格が必ずしも悪いかと言えばそんな事はないし、淡いピンク色のドレスを揺らすレディが純真無垢かと言えばそうでもないだろう。
けれど。
けれど、その人の生活や主義主張は外見に現れるものだ、とローゼリアは思う。
例えば、安い生地の流行遅れの服を身に着けた貴族は資金繰りに苦労しているのかもしれないし、どのような場所であろうと服はどうでも良いと思っているのかもしれない。後者だとすれば、貴族のマナーを無益だと感じている人だろう。
流行の最先端である豪華な服を身に着けた貴族は、単純に着飾る事が好きなだけかもしれないし、外面を整える事が権威を演出する道具であることを知っていて、貴族のマナーを重視しているのかもしれない。
例えば、真っ赤な派手派手しいドレスを身に纏ったレディは、古い慣習など気にせず、周囲の目も声もくだらないと思っているのだろうし、淡いピンクのドレスを揺らすレディは、花のように微笑む事で穏便に事が運ぶことを知っているのだろう。
どちらが良いとか悪いとかの話では無い。
ただ、「選ぶ」という行為には、主観が入る。
誰かが言うままに服を身に着けたとしても、「選ばない」を選ぶに至った主観がある。
だから外見には、人の性格や考え方が如実に表れるのだ、とローゼリアは微笑んだ。
「とっても凛凛しくて素敵な方ですわね、セシリアーノ様」
ほう、と溜息と共に漏れた言葉は、嫌味ではない。
それをわかっているのだろう、リオネルは「だろう」と頷き、スロウワーズ公爵令嬢はにこりと笑った。
短い髪から覗く、肩まで付くような、長いピアスがきらりと光を反射した。
「有難うございます、王女殿下。お会いできて光栄ですわ。」
藍色の柔らかそうな髪は耳が見えるほどに短い。
貴族女性にはとても珍しい髪形だ。しかも、彼女はドレスではなく、騎士のような礼服を身に着けている。
ドレスを着なければならない、という法律はないから礼服である以上、王族と会うのにマナー違反だということは、ないだろう。
が、「普通」は選ばない装いだ。
つまりは彼女は、着飾る事の意味も理由も知りながら、我が道を駆け抜けられる自信に満ちたレディなのだろう、とローゼリアは首を傾げた。
「とってもお似合いですけれどセシリアーノ様、それはどういう意味にとればよろしいのかしら?」
さて。自分のような小娘には己の好みを変えてまで装う必要はない、と思われただろうか。
―――無論、リオネルの婚約者に限ってそれは無いだろう、と思うがしかし。
ローゼリアは生憎と初対面の人間をたやすく信じられるほど良いお育ちじゃない。
信じたい、と思っているのも、間違いじゃないけれど。
じっとローゼリアが見上げると、老若男女、全てを虜にするような、美しくも甘やかな微笑みがふわりと落ちてきた。
「王女殿下、失礼でなければどうぞセシィとお呼びください。我が婚約者と同じく、貴方様に誠心誠意お仕えしたく、嘘偽りない姿で参上いたしました。貴族令嬢としてあるまじき装いである事は重々承知しております故、お気に召されなければどうぞ仰ってください。改めてお伺いいたしますわ。」
す、と身を屈めるのは騎士の礼だ。
美しい顔は何処からどう見ても女性なのに、身のこなしは男らしいとも女性らしいとも言えない。
けれど、美しく品がある。
話し方だって、女性的でたおやかだ。
どちらでもあって、どちらでもない。
いいや。
彼女は枠組みの中には生きていない、ただそれだけだ。セシリアーノ・スロウワーズという唯一人の女性であるだけだ。
ローゼリアに嘘をつかないとそれを証明する為に、セシリアーノはただその為に、この服で来たのだと言う。
そして、ローゼリアがそれを気にくわないのなら、ドレスでもう一度訪問すると。
例え、この場でローゼリア拒絶をしても、忠誠は変わらないのだと。
「…頭を上げてくださるかしら、セシィ」
「はい」
意志が強そうな青い瞳に、薔薇のように艶やかな唇が華やかな美女だ。
リオネルと同じ年だと聞いていたから、ローゼリアより3つ上。わずか10歳で、この美貌。この落ち着き。
物静かなリオネルと並ぶと、まるで対の人形のようだった。
ローゼリアは、静かに微笑んだ。
「話してくださって有難う。生涯、貴女の忠誠を疑わないと約束するわ。」
だからわたくしの秘密を聞いてくださる?とローゼリア笑うと、セシィは首を傾げリオネルは頷いた。
「まあ、リオネルがなんて失礼な事を!申し訳ございません殿下。」
いつものように噴水に、いつもと違って3人で座ったローゼリアが、リオネルから事前に承諾をもらっていたので二人の秘密を話すと、セシィは嫉妬を浮かべるどころか無礼だと憤慨した。
頬をわずかに上気させて怒る顔は、とても愛らしい。
リオネルもそう思ったのだろうか。
ついついとセシィの頬をつつき怒られている。
「リオネルは昔から考えなしというか、このように、少しも大人にならないのです。どうかご容赦ください。」
眉を下げるセシィに、ローゼリアは笑った。
それは、ローゼリアの知るリオネルではない。
リオネルは、ローゼリアが得体が知れないと疑心暗鬼にかられたほど物静かで、不器用で、それからいつも穏やかに、ローゼリアを見守ってくれる大人のような人だ。
だからローゼリアは首を振った。
「セシィ、貴女が知るリオネル様と、わたくしの知るリオネル様はきっと違うわ。」
「え」
リオネルはきっと、ローゼリアの頬をつついてからかうなどしない。
あんな、くすぐたっくなるような、飴玉のような輝きでローゼリアを見たりはしない。
それを寂しいと、羨ましいと思うのは、愚かだ。
「わたくしにとって、リオネル様は兄のような方なの。だとすればセシィ、貴女はわたくしのお姉さまですもの。貴女も、ローズと呼んでくれたら嬉しいわ。」
言葉に、嘘はない。
その美貌も、真っ直ぐな言葉も、リオネルより頭一つ分高い身長で着こなす礼服の格好良さも、嬉しそうな明るい笑顔も。
向けてくれる、その真心も。
ローゼリアには眩いばかりだ。
だからこれはきっと、うまく「仲間に入れて」ができずに拗ねてしまう子供心のようなものなのだ。
母に連れられて行った孤児院で、一人小石を蹴っていた少年を思い出しながら、ローゼリアは微笑んだ。
リオネルとの手紙のやり取りの中で、セシィの同行について提案があった時、ローゼリアの心は少しだけもやもやとした。
リオネルの大切な婚約者に会いたい気持ちと、ほんの少しだけ見たくない気持ちと。
正に、あの子供のそれだろうとローゼリアは心中で頷く。
「セシィはいつも別邸に?王都にはあまりいらっしゃらないのでしょう?」
「ええ。王都は何かと賑やかですからね。ここにはリオネルもいませんし…私は田舎で猪を追っている方が性に合っているのです。」
にこ、と笑う、その笑顔のなんと眩しいことか。
いっそ自分もこの場所を捨てられたら、とローゼリアも笑った。
「馬や剣の扱いだけでなく、魔法にも長けていらっしゃると伺いましたわ。」
「ええ、ダンスや刺繍は、まあ、できない事はないのですが…好きませんね。」
はん、とおもしろくなさそうに鼻白むセシィに、リオネルが頷いた。
「おかげで俺は夜会に出てもダンスを踊らずにすんでいる。感謝だ。」
「そう言ってくれるパートナーに巡り合えて、本当に幸運だと思っていますの。重たいドレスに苦しいコルセット、歩きにくいヒール…地獄ですもの。」
「そう。普段のセシィは放っておくとすぐに何処かに行くのに、パーティーの時は俺や義兄上から離れない。なぜかわかるかい?」
ローゼリアが首を傾げると、リオネルは少しだけ目を細めた。
それがリオネルの笑みだと、今のローゼリアは知っている。楽しい話らしい、とちらりとセシィを伺うと、ひどく苦い紅茶を飲んだような顔をしていた。
「一人だとうまく歩けないんだ。俺は杖替わりなんだよ。」
「失礼ね。私だって一人でも歩けるわよ、レディとしての訓練だってちゃんとしてるわ。……ただ、ちょっと、その、足が、すぐに痛くなるだけで…」
だんだんと声が小さくなり視線が外されていくあたり、ドレスとヒールがかなり苦手なのだろう。
無理もない、とローゼリアは頷いた。
「わかるわセシィ。わたくしも、盛装はすぐに疲れちゃうの。綺麗なドレスも靴もワクワクするけど…」
まだ7歳のローゼリアにとって、ヒールの高い靴は憧れだけれど、盛装にはいつだって母とルイーザの小言がついてくる。
絡みつくような周囲の視線を探り、隙を見せぬように背筋を伸ばして微笑みを浮かべる。
はなから自分たちを受け入れる気などない連中なのに、どのような言葉を投げつけられようともローゼリアに失敗は許されない。
盛装は、いわば鎖だ。
「貴族の令嬢と王女の悩みが一緒って、なんだか不思議ですね」
セシィのくすくすと笑う声は、小鳥が囀るように愛らしい。
貴族令嬢の枠の外側で、伸び伸びと羽ばたいている彼女は、まさしく鳥のようだ。
「セシィは、どうしてそんなにもキラキラしているの?」
だから思わず、尋ねてしまった。
セシィとリオネルは揃って、ぽかん、とローゼリアを見返した。
噴水の水をはじく音がどこか間抜けに聞こえて、ローゼリアは視線を下げる。
「…ごめんなさい、その、セシィは、自分が令嬢らしくないと言いながら、少しも、臆さず、立っているから…わたくしは、こんな自分が嫌で、でもどうしたら良いのか、わからないのに…」
恥ずかしい。
ローゼリアはぎゅう、とドレスを握った。
すると、その手をほっそりとした綺麗な、けれど固い指先の二つの手が握った。
顔を上げると、リオネルが左手を、セシィが右手を握っている。
「王女が、そのように簡単に頭を下げたり、俯いたりしてはならないよローズ。君はとても素晴らしいレディなのだから。」
「そうよ、ねぇ聞いてちょうだいローズ」
セシィは、夜空のような藍色の瞳を、優しく細めた。
そして、ローゼリアの手を握るのと反対の手で、ゆっくりとローゼリアの頭を撫でた。
「貴女は少しも悪い事などしていないし、とても美しいレディです。黒い髪はベルベットのように艶やかで、絹のように柔らかで美しいし、ピンクトパーズの瞳は天使のように愛らしくて大好きです。何より、貴女の賢さや立ち居振る舞いにみえる努力を、私達は尊く思うわ。」
「でも、だって、」
誰も認めてくれないのだ。
ローゼリアの母とて、昔から厳しかったわけではない。
同じベッドで眠ったことも、優しく髪をすかれたことだってある。
けれど、それがもう、いつのことかローゼリアは思い出せない。
王城での立場が危うくなるにつれ、母の教育は厳しくなった。
完璧である事は、ローゼリアの身を守る事ためだと、わかっている。
でも、果てがない日々にローゼリアの心は不安に揺れた。
もし。
もしも。
厳しい言葉が、良い意味でなかったのなら。
──本当は、お母様にも嫌われていたら?
ローゼリアは、ぐっと力を入れながら微笑んだ。
そうでもしなければ、弱さがぽろぽろと零れていきそうだった。
──考えるのは、やめよう。
ローゼリアを暖かく見てくれる人の為に、その忠誠に似合う王女になろうと決めたのだから。
「セシィ、わたくし口説かれている気分だわ。」
「待てローズ。君、口説かれた事があるのか。」
「やだリオネルめんどくさい父親みたい。」
ローゼリアが笑うと、二人はきゅっと握る手に力を込めた。
その眼差しは、陽だまりのように暖かい。
この暖かささえあれば、それでいい。
血の繋がりなどない仮初の兄と姉との時間は、御伽噺のように甘やかだった。




